2025年10月に開催された「全国アビリンピック」のホームページ部門で、金賞を獲得するまでの軌跡を辿る連載。第4回は、東京大会での優勝を経て、私の前に立ちはだかった「デザインの壁」と、金言を授けてくれた敏腕デザイナーさんとの出会いについてお届けします。初めて読む方は、ぜひ第0回からご覧ください。
目次
サウナー聖地への野望と、技術者の限界
東京大会で金賞を獲り、JEED(高齢・障害・求職者雇用支援機構)から正式に全国アビリンピックへの出場決定通知を受け取った私を待っていたのは、周囲からの期待と、自分自身の中に芽生えた「欲」でした。
もし全国大会で上位入賞となれば、2027年に開催される国際アビリンピックの選考メンバーに入れる可能性が出てきます。開催地はなんとフィンランド!! フィンランドといえば、幸福度ランキングで世界ナンバーワンを誇り、ムーミンとサウナで有名な北欧の国です。人口は約550万人なのに対しサウナは300万個以上あると言われており、これは2人に1つ以上のサウナがある計算になります。
“一端(いっぱし)のサウナー。事あって、フィンランドへ―――。”

そんな夢のような展開を想像したとき、一つの巨大な壁が立ちふさがりました。それが私の「デザインセンスの無さ」です。
私はこれまで、SE(システムエンジニア)の領域で生きてきました。HTMLをどう書けばどう動くか。どこを考慮すればスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)で正しく読み上げられるか。色弱の方でも読みやすい色のコントラスト比はどのくらいか。そういう技術面には自信があります。しかし、見る人の心を躍らせるルックスや動き、ユーザー目線の情報デザインを創造する知識やセンスについては、正直言って自信ゼロ。
東京大会ではアクセシビリティとスマホ対応(レスポンシブ)で勝利できましたが、全国で金賞を獲るには高いデザイン技術も求められます。
どこから手を付けたら良いか悩んでいたところ、私の上司が元部下のデザイナーさんに相談してくださり、オンラインミーティングの機会を頂けることになりました。
デザインとは『下心』なんですよ
ミーティングに先立ち、私はデザイナーさんに「当日までには私の中のモヤモヤを整理しておきます」とお伝えしました。するとデザイナーさんは、優しく、しかし確信に満ちた声でこうおっしゃいました。
「ジュンさん。デザインとは『下心』なんですよ」
「したごころ」……?
デザイナーさんの教えはこうでした。
アート: 自分の「好き」を、そのまま存分に表現すること。
デザイン: 見る人やクライアントの「好き」の中に、自分の「好き」を巧妙に潜り込ませること。
相手のニーズや好みを徹底的に考え抜き、そこに自分のエッセンスを忍ばせる。それがプロのデザインなのだと。
「まずは自分が何が好きか、何が得意か、自分に向き合ってみてください。デザインに正解はありませんから」
この言葉は、目先のテクニックや正攻法ばかりを追い求めていた私の頭を、ハンマーで殴るような衝撃を与えました。私は「金賞を獲るための逆算」ばかりに気を取られ、自分自身がどんな表現を好んでいるのかを置き去りにしていたのです。
衝撃を与えたい!「おっ!」より「えっ!?」
私は必死で自分の「好き」と向き合い、言語化しようと試みました。全国大会は強豪揃いです。教科書通りのサイトを作ったとしても、おそらく金賞には届かない。ならば、審査員の度肝を抜く戦略が必要だ。そう考えた私の作戦はこうです。
「見た瞬間『えっ!? 何これ?』と思わせる」こと
「おっ、綺麗だね」という感嘆ではなく、「えっ、こんな過激なデザインで、アクセシビリティやレスポンシブを両立できてるの!?」と驚いてもらいたい。
ここで言う「過激なデザイン」とは、映画やゲーム、高級ホテルの公式サイトなどで見られるような、破天荒でワクワクする視覚効果や情報の見せ方を指します。インパクト、浮遊感、重なり感……。それらを実現しながら、スクリーンリーダーを使っても完璧に情報にアクセスできる。見た目はトガりまくっているのに中身は究極に優しいという、アンビバレントな変態サイト(最大級の褒め言葉です)を目指すことにしました。
無謀な挑戦かもしれません。でも、全国で金賞を獲ると決めたからには、たとえ結果が伴わなくても後悔しない道を選びたい。このコンセプトと熱意を思いつくままに列挙し、ミーティングでデザイナーさんにぶつけることにしました。
画面越しに授かったデザインの極意
数日後、私、上司、デザイナーさんの3名によるオンラインミーティングが行われました。

私は自分の構想を30分ほど、まくしたてるように画面越しのデザイナーさんへ説明しました。一通り話し終えると、デザイナーさんは私の熱意を優しく受け止め、真剣な眼差しで語り始めました。
デザイナーさん:「ジュンさんの『好き』がよく分かりました。ご自身ではセンスがないとおっしゃいますが、デザインに強いこだわりがある人だと感じますよ。その調子で進めてください。でもね、一番大切なのは『ひとりよがりにならない』ことです。」
デザイナーさん:「私たちが『見せたい』情報と、利用者が『見たい』情報。それがスムーズに、心地よく繋がる。それが『使いやすい』デザインなんです。クリック一つとっても、その先にどんなアクションがあるか、ユーザー目線で想いを馳せてみてください」
続いて私は、制作過程で必要な「ワイヤーフレーム(設計図)」についても相談しました。これまで作った経験がなく、ネットで調べても正解が分からず途方に暮れていたのです。

デザイナーさん:「ワイヤーフレームは、いわば『プラモデルの設計図』のようなものです。正解はありません。大切なのは、渡した相手に伝わるかどうか。本質は、これまでジュンさんが作ってきたプログラム仕様書と同じです。専用アプリを使う必要もありません。パワーポイントなど自分がやりやすい方法で作ればいいんです。そして、このワイヤーフレームを逆手に取り、こだわりや想いを言葉にして添えれば、それは最強のアピール資料になります」
ワイヤーフレームは「伝えるための道具」であり、プログラムの仕様書と本質は変わらない。そう知ったことで、一気に視界が開けました。さらに、私が「無駄な動きを多用してインパクトを与えたい」と言ったことに対し、デザイナーさんはこう助言をくれました。
デザイナーさん:「デザインに無駄なものは一切ありません。一見不要に思える画面効果一つとっても、そこには『意味』と『緻密な計算』があります。なぜその演出が必要なのか、なぜその色が選ばれたのか。すべてに理由があるんです」
そして最後の言葉が、私の心に深く刻まれました。
デザイナーさん:「ウェブサイトは、作り手の想いと利用者の願いを繋ぐ、戦略的な情報のデザインです。吉田さんの『好き』を引き出しにたくさん詰め込んで、それを具現化するための手法も増やしていきましょう。色々なサイトを見て、良いと思った表現はどんどん盗んで(学んで)いってください」
ただ「かっこいい」ものを作るのではなく、相手を想い、戦略的に引き出しを使い分ける。この日から、私のデザイン戦略の旅が本格的に始まりました。
自分の中の「好き」を掘り起こす
デザイナーさんとの面談を終えたとき、心はだいぶ軽くなっていました。
「そうか、僕の『下心』をどう忍ばせるか。そこを軸に考えればいいのか…」
それからの日々は、様々なウェブサイトを閲覧し、具体的な戦法に落とし込む作業に没頭しました。アクセスした瞬間に驚きを与えるトップページとは? 心地よいと感じる色や配置とは? ついつい読み進めてしまう体験とは? そして、それらとアクセシビリティをどう両立させるか……。
特に、アクセシビリティ要件を完全に満たした「スライダー(カルーセル)」を自力で構築できるのか、生成AIと何度も壁打ちを重ねました。
上司も「ジュンの自己アイデンティティが明確になってきたね。紹介した甲斐があったよ」と喜んでくれました。
全国大会の事前課題が発表されるその日まで、自分の中に眠る「好き」という名の武器を磨き続けました。「デザインの哲学」を学んだ技術者は、どんなサイトを生み出すのか。フィンランドへの挑戦は、いよいよ加速していきます。
次回予告
ついに発表された事前課題。お題は、生きていく上で誰もが避けては通れない「あの件」にまつわるものでした。自分の「好き」とアクセシビリティを極限まで融合させようと試行錯誤を繰り返しますが……。
果たして、大会当日までに納得のいく作品を作りきれるのか? 次回をお楽しみに!
関連リンク
前回(第3回)の記事を読む
アビリンピック 公式サイト(外部リンク)
SANKOU! Webデザイン制作の参考になる国内のステキなサイト集(外部リンク)
文/ジュン
<自己紹介>
ハンドルネーム:ジュン
年齢:51歳
障害名:30代後半より双極性障害
趣味:サウナ、ボードゲーム
特技:すべてに感謝する姿勢(ふとコンビニの便利さに気付き涙したことも)
座右の銘:ゲームとは人生である
