2026年7月2日に発売されたNintendo Switchのゲーム『リズム天国 ミラクルスターズ』は、アクセシビリティの文脈で多く語られている。本作には画面上の文字や状況を音声で読み上げる機能が搭載されており、視覚に障がいのあるプレイヤー、とりわけ全盲のプレイヤーにとって極めて大きな意味を持つ。しかし、本稿ではこの作品を、単なる「アクセシビリティ対応ゲーム」としてだけでなく、ユニバーサルデザイン的な設計思想をゲーム体験に取り込んだ作品として捉えてみたい。


目次


リズム天国とは

『リズム天国』は、音楽に合わせてボタンを押すだけのシンプルなリズムゲームシリーズである。

この説明だけを聞くと、よくある音楽ゲームの一種に思えるかもしれない。しかし『リズム天国』は、いわゆる「画面に流れてくるノーツを目で見てタイミングよく押すゲーム」ではない。むしろ、その逆である。『リズム天国』がプレイヤーに求めているのは、目押しではない。耳で聴き、身体でノって、リズムを感じることだ。

このシリーズでは、画面上のキャラクターたちが奇妙で、バカバカしく、しかし妙に愛らしい状況に置かれる。プレイヤーはその状況に合わせて、決まったタイミングでボタンを押す。だが、見た目だけを頼りにしても、うまくいかないように作られている。

ときには視界が遮られる。ときにはフェイントが入る。ときには、画面を見てから反応していては間に合わない。つまり『リズム天国』は、最初から「見るゲーム」ではなく、「聴いてノるゲーム」なのである。

リズム天国 ミラクルスターズ』の「おてほん実演中!!」の画面。上部に「下ボタンでスライディング!背の高いハードルをくぐりぬけてネ。合図の声も いっしょにおぼえよう。」と指示が表示され、ドット絵の道路上で黄色いネズミのようなキャラクターがハードルの手前に立っている。

目で見てプレイできると思わせておいて……

出典:Nintendo Switch『リズム天国 ミラクルスターズ』ゲーム画面より引用
© Nintendo © つんく♂ Codeveloped by TNX

ゲーム画面全体が横方向に激しくブレて歪み、モザイクがかかったようになっている様子。黄色いキャラクターがスライディングしている姿や、背景の雲、地面の花などが引き伸ばされて判別しづらくなっている。

目で見てプレイできない状態になったりする

出典:Nintendo Switch『リズム天国 ミラクルスターズ』ゲーム画面より引用
© Nintendo © つんく♂ Codeveloped by TNX

多くのゲームが視覚情報を中心に成立している中で、『リズム天国』はシリーズ初期から、視覚だけに依存しない遊びを追求してきた。一般に、ゲームは画面を見て進めるものが多く、音が聞こえなくても字幕や視覚情報を頼りに遊べる作品は少なくなかった。一方で、視覚に障がいのあるプレイヤーが同じように遊べるゲームは、長らく限られていた。もちろん、過去作がそのまま全盲のプレイヤーに完全対応していたわけではない。しかし、音を中心に遊ぶというコア設計そのものが、今回の『ミラクルスターズ』におけるユニバーサルデザインの土台になっている。

『リズム天国』は、もともと“目で攻略するゲーム”ではない。だからこそ、“視覚に障がいのある人も同じゲームを遊ぶ”という地点に、他の多くのゲームよりも近い場所にいたのである。

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リズム天国 ミラクルスターズとは

『リズム天国 ミラクルスターズ』は、Nintendo Switch向けに発売された『リズム天国』シリーズの完全新作である。シリーズとしては久々の新作であり、収録されているリズムゲームはオール新作、80種類以上とされている。

過去作の魅力は、シンプルな操作、つんく♂氏が関わる音楽性、妙にクセになるフレーズ、そして任天堂らしい奇妙なユーモアにあった。プレイヤーは、野菜を刻んだり、動物と一緒に動いたり、謎の生物と呼吸を合わせたりしながら、音楽の中に巻き込まれていく。

『ミラクルスターズ』も、この本質を継承している。操作は簡単。しかも事前練習してから本番が始まるという丁寧な設計となっている。だが、ゲーム内容が浅いわけではない。徐々に難易度は上がっていき、クリアするまで何度もプレイしてノリをつかむ必要があるというわけだ。

そして本作が過去作から大きく踏み出した点が、画面の文字やゲームの状況を読み上げる機能の搭載である。

画面が見える人にとって、メニューの文字やゲーム開始前の説明、結果画面のコメントは「そこにあって当然」の情報である。しかし、視覚に障がいのある人にとっては、そこが大きな壁になっていた。いくらゲーム本編が音中心で遊べたとしても、メニューがわからず、ルールもわからなければ、ゲーム体験はそこで分断される。しかし『ミラクルスターズ』は、その分断に踏み込んだ。全盲のユーザーでも、誰の手も借りずに遊べるようにしたのである。

しかも重要なのは、読み上げ機能を“別室”に置いていないことだ。最初から、ゲームの体験の中に読み上げが組み込まれている。ここに、本作の革命性がある。

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アクセシビリティとは?

iPhoneユーザーの中には、15年ほど前から「アクセシビリティ」という設定を知っていた人も少なくない。これは、障がいのある人や高齢者を含め、それぞれの困り事に対してカスタマイズできる機能で、できるだけ多くの人が製品、サービス、情報、環境を利用できるようにする考え方である。

ウェブの世界でいえば、画面読み上げソフト、いわゆるスクリーンリーダーで読み上げられるようにHTMLを適切に構造化することや、画像に代替テキストを付けること、キーボードだけで操作できるようにすること、文字のコントラストを確保することなどがある。視覚に障がいのあるユーザーにとっては、マウスやトラックパッドによる視覚的なポインティング操作が難しい場合もあるため、キーボード操作への対応は重要である。

ゲームでいえば、字幕、色覚サポート、ボタンの割り当て変更、難易度調整、アクセシビリティ対応コントローラーの提供、画面揺れの軽減、音声読み上げ、視覚情報を音や振動で補う仕組みなどが該当する。PS5のAccessコントローラーは、その代表的な例として知られている。

PlayStation 5用の「Access コントローラー」の製品写真。中央にある円形のコントローラー本体と、その周囲に並べられた形状や大きさの異なる多数の交換用ボタンキャップ、スティックキャップが写っており、ユーザーの身体的なニーズに合わせて柔軟にカスタマイズできる構造が示されている。

画像出典:PlayStation®5 公式サイト / © Sony Interactive Entertainment Inc.

ここで重要なのは、アクセシビリティは“誰か特別な人のためだけ”の救済措置ではないということだ。

人は誰でも老いる。視力は落ちる。聴力も落ちる。手指の動きも変わる。一時的にけがをして片手が使えなくなることもある。疲れて文字が読みにくい日もある。騒がしい場所で音が聞こえないこともある。だからアクセシビリティを「一部の人だけへの対応」と捉えるのは、あまりにも狭い。正しくは、人間の状態が常に一定ではないという現実を前提にした設計である。

そしてゲームにおけるアクセシビリティとは、「遊びたいのに遊べない」という壁を取り除く行為である。これは、単に親切なことではない。文化への参加権に関わる話である。「たかがゲーム、されどゲーム」ということだ。

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ユニバーサルデザインとは?

ユニバーサルデザインとは、できる限り多くの人が、最初から自然に使えるように設計する考え方である。

ここで、アクセシビリティやバリアフリーとの違いを整理しておきたい。バリアフリーは、すでに存在する障壁を取り除く考え方である。たとえば、階段しかない建物に後からスロープを付ける。小さくて読みにくい文字に対して拡大版を用意する。それに対し、アクセシビリティは、情報やサービスにアクセスできる状態を確保する考え方である。

一方、ユニバーサルデザインは、そもそも最初からできるだけ多くの人が使いやすいように設計する。後から“困っている人用”の別対応を足すのではなく、最初の設計思想として「誰が使うのか」を広く捉える。たとえば、そこら中にある「自動ドア」はユニバーサルデザインの典型だ。車いす利用者、ベビーカーを押す人、荷物で両手がふさがっている人、高齢者、子ども、誰にとっても便利である。

ユニバーサルデザインの提唱者として知られるロナルド・メイスを中心とするチームは、ユニバーサルデザインを「すべての人にとって、できる限り利用可能であるようにデザインすること。個別対応の設計変更や、特別な仕様を必要としないこと」といった趣旨で定義している。

この考え方の核心は、“特別な対応”をできるだけ自然な形で共有する「包摂(インクルージョン)」の精神である。

「あなたは違う入口から入ってください」ではない。  
「あなたのために別の簡易版を用意しました」でもない。  
「みんなと同じものを、みんなが使えるようにする」のである。

ここが重要だ。ユニバーサルデザインは、誰かを別枠に置くのではなく、できるだけ多くの人を同じ場に立てるようにすることを目指す。

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ユニバーサルデザイン観点でのミラクルスターズ

『リズム天国 ミラクルスターズ』のすごさは、ゲーム内でプレイヤーに「アクセシビリティ」という専門語を押しつけない点にある。

ソフトの起動直後に表示される読み上げ設定は、視覚障がいの有無を問わず、特定の誰かだけを対象にした特別なものという印象を与えない。「音読ちゃん」というキャラクターが登場し、このキャラクターにどう振る舞ってほしいかを選ぶことになる。そこでは、アクセシビリティや障がいに直接言及していない。プレイヤーの好みに応じて音読ちゃんの振る舞いを選ぶ、という文脈になっている。本作の設計からは、「アクセシビリティ」という言葉を意識させるのではなく、自然に遊びやすさを感じてもらおうとする姿勢がうかがえる。

また、読み上げを必要とするプレイヤーにとっても、ゲームを始めるたびに自分の障がいを意識させられる設計は、決して心地よいものではない。アクセシビリティの概念が社会に広がることは重要である。しかしゲームの体験として大切なのは、用語を学ぶことではなく、遊べることだ。プレイヤーが知るべきなのは、「これは障がい者向け機能です」というラベルではない。

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音読ちゃんについて

ここで3つの読み上げレベルを説明しよう。

読みあげする!

これは、画面に表示されている言葉を読み上げるモードである。デフォルトで選択されており、画面上の文字情報を音声でも受け取れる。

リズム天国 ミラクルスターズ』の「読みあげ設定」画面。メニューに「読みあげしない」「読みあげする!」「もっと読みあげちゃう!!」の3つの選択肢が並び、中央の「読みあげする!」がハイライトされて選択されている。画面左下にはキャラクターが立ち、右下には「画面に映ってないときもあるけど このコが読みあげてくれるヨ。たまーに読みまちがえちゃうカモ〜」と言葉が添えられている。

出典:Nintendo Switch『リズム天国 ミラクルスターズ』ゲーム画面より引用
© Nintendo © つんく♂ Codeveloped by TNX

このモードは、視覚に障がいのある人だけでなく、文字を読むのが苦手な人、小さな文字を追うのが疲れる人、子ども、あるいは単に音声案内があった方が楽な人にも有効である。

もっと読みあげちゃう!!

これは、画面に表示されている言葉だけでなく、どんな場所で、どんなキャラクターがいて、何をするゲームなのか、そしてクリアに困ったらどうしたらサポートを受けることができるかまでを読み上げるモードである。

『リズム天国 ミラクルスターズ』の「読みあげ設定」画面。メニューにある3つの選択肢のうち、一番下の「もっと読みあげちゃう!!」がハイライトされて選択されている。画面左下には(前回とは異なり、目をきらめかせた)キャラクターが立っている。

出典:Nintendo Switch『リズム天国 ミラクルスターズ』ゲーム画面より引用
© Nintendo © つんく♂ Codeveloped by TNX

このモードは、視覚に障がいがあるプレイヤー、特に全盲のプレイヤーを強く想定したものである。というのも、単に画面の文字が読み上げられるだけでは、そのシーンで起きている状況までは把握しきれないからだ。

『リズム天国』の魅力は、音楽だけではない。その音楽が、どんなバカバカしい状況で鳴っているかにもある。野菜を切るのか。動物が並んでいるのか。変なキャラクターが妙なことをやろうとしているのか。この“画面の笑い”を言語化し、音声で共有しようとする点に、本作の深い覚悟がある。視覚的な面白さを、見える人だけの特権にしない、というわけである。

『リズム天国 ミラクルスターズ』のゲーム画面。右上に「かたいモノはAを押し続けてネ。(A長押しです)」と指示が表示されている。画面左側ではアルコールランプの青い炎によって細長い鉄板の一部が赤く熱せられており、右下にはリアルな線画で描かれた大きな手のイラストと「あなた」という文字が表示されている。

出典:Nintendo Switch『リズム天国 ミラクルスターズ』ゲーム画面より引用
© Nintendo © つんく♂ Codeveloped by TNX

なお、この読み上げレベルを選択すると、画面上の音読ちゃんの目が光って開眼し、ハイパーモードであることが視覚的に理解できるようになっている。このモードが一番楽しそうに見えるため、なんとなく試してみたいと思う視覚に障がいのないプレイヤーもいるだろう。

ただ、このモードを選んでプレイを進めると、視覚に障がいがないプレイヤー向けの設定ではないことに徐々に気付いていくことになる。とにかく何でもしゃべるのだ。読み上げの情報量が多いと感じたプレイヤーに向けて、さりげない配慮も用意されている。おしゃべりが多すぎて困ったら、設定画面からいつでも変えられるよ、と音読ちゃんは語るのである。

黒い背景のゲーム画面。中央に『このあとゲームをプレイしてみて「そんなことまで 言わなくてもいいのに」とか「ちょっと うるさいなぁ」って思ったら またあとで設定しなおせるからネ。』と言葉が表示されている。右下には、スポットライトに照らされたキャラクターが立っている。

出典:Nintendo Switch『リズム天国 ミラクルスターズ』ゲーム画面より引用
© Nintendo © つんく♂ Codeveloped by TNX

読みあげしない

画面上のテキストを読み上げないこのモードは、ある意味で元来の『リズム天国』に近い状態である。過去作では、画面上に表示される短い説明やユーモアのある文章がテキストとして現れ、その淡々とした表示もまた独特の味わいを持っていた。

シリーズ経験者の中には、「読み上げなしで遊びたい」と思う人もいるだろう。それは自然な感覚である。しかし面白いのは、「読みあげしない」を選ぼうとすると、音読ちゃんがげんなりしたような表情を見せる点である。

『リズム天国 ミラクルスターズ』の「読みあげ設定」画面。メニューにある3つの選択肢のうち、一番上の「読みあげしない」がハイライトされて選択されている。これに反応して、画面左下のキャラクター(音読ちゃん)は頭をがっくりと垂らし、げんなりとした表情を浮かべている。

出典:Nintendo Switch『リズム天国 ミラクルスターズ』ゲーム画面より引用
© Nintendo © つんく♂ Codeveloped by TNX

これは、かなり挑戦的である。音読ちゃんが悲しそうなので「それじゃあデフォルトでいいか」と思うかもしれない。この設計は、ユニバーサルデザインの押しつけと見ることもできる。だが私は、ここを高く評価したい。

なぜなら、これは“機能を隠さない”ための演出だからである。アクセシビリティ機能は、しばしば設定画面の奥深くにしまい込まれる。必要な人だけが探して使うものとして扱われる。しかしそれでは、社会の側は変わらない。『ミラクルスターズ』は、読み上げを最初から場に出す。そして、読み上げ機能の存在を、少し印象に残る形で伝えてくる。

「本当にオフにするの?」  
そう感じさせる程度には、音読ちゃんの反応が印象に残る。

これは強制ではなく、ユーモアを通じて機能の存在を印象づける演出である。  
そして、ユーモアによって設計思想を伝える試みでもある。

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読み上げミスを恐れない姿勢

音声読み上げには、読み上げミスの可能性がある。固有名詞、独特な言い回し、キャラクター名、造語、文脈依存の表現。機械的に読みにくい要素が山ほどある。

『リズム天国 ミラクルスターズ』のゲーム画面「魔法使いナーラの記憶 1」。画面中央に『魔法使いは、恐ろしいモンスターたちから王国の平和を守ってくれている、とーってもスゴイ人たちだ。そんな魔法使いに…この人のようなカッコイイ魔法使いに、なりたい!このとき、あたしは心にそう強く誓ったのであった。』とテキストが表示されている。

この画面に出てくる「人」の漢字は「にん」と読み上げられる
出典:Nintendo Switch『リズム天国 ミラクルスターズ』ゲーム画面より引用
© Nintendo © つんく♂ Codeveloped by TNX

「完璧に読めないなら、搭載しない方がいい」という考え方もあるだろう。しかし、その考え方は本当に正しいのか。私はそうは思わない。ユニバーサルデザインは、完璧を求める思想ではない。できるだけ多くの人が利用できる状態を目指す思想である。

完璧な読み上げができないから読み上げ機能を入れない。  
誤読が起きるかもしれないから挑戦しない。  
批判されるかもしれないから実装しない。

これは、一見すると誠実である。しかし実際には、守りの発想である。特に大規模な製品開発では、「不完全なら出さない」という判断になりやすい。

もちろん、医療機器や交通インフラなら話は別だ。誤った情報が命に関わる領域では、厳密性が必要である。

しかし、これはゲームである。

もちろん誤読はないに越したことはないし、体験の質に影響する。しかし、医療機器や交通インフラのように即座に生命へ関わる領域とは異なり、ゲームでは実装しながら改善していく余地もある。ならば、挑戦する価値は大きい。失敗を恐れて何もしないより、まず実装し、使われ、改善される方がよほど正しい。任天堂がこの殻を破ったことには、敬意を表したい。

そして、おそらくこの流れは次に広がる。たとえば、次の『ポケットモンスター』本編に読み上げオプションが搭載される可能性は十分にある。というか、そうなってほしい。

なお補足だが、視覚障がいのある人が『ポケモン』のような一般的なゲームを、音を頼りに楽しんできた事例は存在する。そうしたプレイヤーは、主人公が壁にぶつかった音、ポケモンごとに違う鳴き声、効果音、メニュー操作の記憶などを手がかりにしてきた。そうした手がかりを総動員して、ゲームに参加してきたのである。

だが、それは本来、プレイヤー個人の超人的努力に頼るべきものではない。ゲーム側が、もう少し歩み寄るべきなのだ。『ミラクルスターズ』は、その方向を明確に示した。

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メニュー画面

一方で、本作のメニュー画面については、正直に言えば簡素である。
もっと率直に言えば、味気ない。

『リズム天国 ミラクルスターズ』の「スタートメニュー」画面。淡い色の星柄の背景に、シンプルな長方形のグレーのメニューウィンドウが表示されている。ウィンドウ内には、上から順に「リズム天国って?」「ひとりで遊ぶ」「みんなで遊ぶ」「リズム資料室」「サウンドルーム」などの選択肢が白文字で縦に並んでいる。右側には、頭上にハテナマークを浮かべた小さなキャラクターが立っている。

出典:Nintendo Switch『リズム天国 ミラクルスターズ』ゲーム画面より引用
© Nintendo © つんく♂ Codeveloped by TNX

ユニバーサルデザインを目指すと、しばしば「見た目がダサくなる」と思われがちである。情報を整理し、余計な装飾を減らし、操作をわかりやすくすると、デザイン性が失われると思われてしまう。しかし、それは誤解である。

真にユニバーサルデザインなものは美しい。使いやすさと美しさは、トレードオフではないのである。むしろ、よく整理された情報、迷わない導線、適切な余白、意味のある色、自然な操作感は、美しさそのものである。

なので、『ミラクルスターズ』のメニューについて、もっと良い見せ方はあるかもしれない。もっと楽しく、もっと豊かで、それでいて読み上げや視認性と両立するUIはあり得るはずだ。ただし、私にその答えはまだない。

ここは、今後のゲームデザインが取り組むべき課題である。真に優れたユニバーサルデザインは、誰もが使えることと、心が動くことを両立させる設計を諦めない。折衷案ではないのである。

『ミラクルスターズ』は、その難題に踏み込んだ。だからこそ、次の一歩にも期待したい。

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全盲のプレイヤーを信じる姿勢

『ミラクルスターズ』の設計で興味深いのは、何でもかんでも音声で説明すればよい、という態度ではない点である。

全盲のプレイヤーに対して、すべてを逐一説明することが親切だとは限らない。本当に何もかもすべてを読み上げれば、情報量は増える。しかし、それが便利で楽しいとは限らない。ゲームとは、プレイヤーが自分で試し、反応を見て、理解していくメディアである。

プレイヤーが「いまどういう状態なんだろう?」と思ったら、多くの場合、何か押してみる。押してみて、音が鳴る。戻ってみる。もう一度進む。そうやって身体で覚える。本作には、そういうプレイヤーを信じる姿勢があるように感じる。

視覚に障がいのないプレイヤーにとっても、これを理解することは重要である。障がいのある人を支援するという名目で、説明や保護、先回りが過剰になってしまうことがある。しかし、それはときにプレイヤーから試行錯誤の楽しみを奪う。余計なお世話に感じる。結果として、別枠で扱われているように感じさせてしまうこともある。

ユニバーサルデザインとは、すべての困難を消すことではない。誰もが挑戦できる入口を整えることである。ゲームにおいて、難しさは敵ではない。排除が敵なのである。この違いを、『ミラクルスターズ』はよくわかっている。

『リズム天国 ミラクルスターズ』の「遊び方」画面(5 / 16ページ)。中央に大きな文字で『たいして説明することも無いですし 説明するほど ややこしいゲームでもないので もう本編に戻っていただいてもOKです!』と書かれている。

出典:Nintendo Switch『リズム天国 ミラクルスターズ』ゲーム画面より引用
© Nintendo © つんく♂ Codeveloped by TNX

繰り返すが、たかがゲームである。しかし、されどゲームである。ゲームの中で「自分でできた」と感じることは、人間にとって大きな意味を持つ。そこに障がいの有無は関係ない。

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補足:アクセシビリティ観点でのミラクルスターズ

アクセシビリティに対応したゲームとしては、『The Last of Us Part II』が有名である。60以上のアクセシビリティ設定を備え、視覚、聴覚、運動機能など、さまざまなニーズに応えようとした作品として、世界に衝撃を与えた。

あれは、間違いなくゲームアクセシビリティの歴史における重要作である。異常なほどのカスタマイズ。徹底した設定項目。視覚障がいのあるプレイヤーを想定した支援。AAAタイトルがここまでやるのか、という驚きがあった。

しかし、正直に言えば、『The Last of Us Part II』は、アクセシビリティ機能が充実している一方で、誰もが気軽に遊び始められるタイプのゲームではなかったとも思う。理由は単純である。ゲームそのものが重い。世界は暴力と緊張に満ちている。ストーリーは非常に攻めている。プレイ体験は濃密で、精神的な負荷も大きい。アクセシビリティ機能はすばらしい。だが、ゲームとしての入り口は決して軽くない。

さらに言えば、D&Iの観点でも象徴的に語られることの多い作品でもあった。崩壊した社会の中で人がどう生きるのか、LGBTQを含む多様な人物像をどう描くのか。そうしたテーマ性とアクセシビリティの充実は、強く結びついて受け止められやすい面があった。

一方、『リズム天国 ミラクルスターズ』は違う。本作の中心にあるのは、音楽に合わせて操作する楽しさである。怖くない。重くない。シンプルであり、すぐやり直せる。

しかも『リズム天国』の視覚的な面白さは、かなりの部分が言語化可能である。

「変なキャラクターが並んでいる」  
「料理の下ごしらえをしている」  
「リズムに合わせて何かを投げる」  
「妙に真剣な顔でバカバカしいことをしている」

このバカバカしいシチュエーションは、音声説明と相性が良い。視覚情報を完全に置き換えることはできなくても、笑いの構造を共有しやすい。

高度にユニバーサルデザインされたものは、結果としてアクセシビリティも高くなる。『ミラクルスターズ』は、その好例である。

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最後に

『リズム天国 ミラクルスターズ』は、単に「読み上げ機能があるゲーム」ではない。この作品が示したのは、ゲームにおけるユニバーサルデザインの可能性である。

アクセシビリティという言葉を前面に押し出さず、キャラクターを通じて、読み上げをゲームの体験に溶け込ませる。視覚に障がいのある人を想定しながらも、その機能を“特定の人だけのもの”にしない。視覚に障がいのないプレイヤーも自然に読み上げを試してみたくなるような空気をつくる。技術的な問題でまだ完璧な読み上げができないことがわかっていながらもそこに踏み込み、実装し、遊べる人を増やす。そして、全盲のプレイヤーを過剰に保護するのではなく、プレイヤーとして信じる。

ユニバーサルデザインとは、誰かを別枠に置くことではなく、できるだけ同じ場で参加できるようにすることである。しかも、恩着せがましくなく。専門用語で威圧せず。楽しさの中に自然に混ぜ込むことだ。

そしてユニバーサルデザインは、完璧を名乗るための思想ではない。より多くの人が、より自然に、同じ文化へ参加できるようにするための実践である。

『リズム天国 ミラクルスターズ』は、ゲームの未来を少し変えた。任天堂に関していえば、大きく舵を切った。

この作品をきっかけに、ゲーム業界は次の段階へ進むべきである。読み上げ、字幕、操作補助、音による案内、状況説明。そうしたものが「対応しているとすごい機能」ではなく、「入っていて当然の設計」になるべきである。『リズム天国 ミラクルスターズ』は、その未来を軽やかに鳴らしてみせた。

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関連リンク

『リズム天国 ミラクルスターズ』公式サイト(外部リンク)
電撃オンラインによる先行プレイレポート(外部リンク)
PlayStation公式『The Last of Us Part II』アクセシビリティ紹介(外部リンク)