2025年10月に開催された「全国アビリンピック」のホームページ部門で金賞を獲得するまでの軌跡をたどる連載、第7回です。いよいよ全国大会本番の地、愛知へ向かいます。初めて読む方は、ぜひ第0回からご覧ください。
目次
決戦の地・愛知へ
いよいよ全国アビリンピック本番です。
アビリンピックにチャレンジすることになったのは「テルメ小川のサウナに行けるから」でした。それがいつの間にか、全国大会で金賞を狙い、フィンランドのサウナへ思いを馳せる男になっているのですから、人生とは本当に何が起こるか分かりません。
全国大会の会場は、愛知県常滑市にある「Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)」。中部国際空港セントレアのすぐ近くにある、バカでかい展示場です。
大会の前々日、私と上司は新幹線で名古屋に向かいました。
介助者として同行してくださる上司とは、新幹線の中で合流する予定です。私は東京駅から乗車し、上司は品川駅から乗車することに。隣同士になるよう座席を取っていました。お互いの自宅からのルートを考慮したもっとも自然な流れです。
私は東京駅から乗車し、しばらくして品川駅に到着。しばらくすると、上司が乗り込んできて、無事に隣の席へ座りました。
ホッと一息ついていると、上司がスマホ片手にこう言いました。
「ジュン、面白いものを見せようか」
何だろうと思い、スマホ画面を見せてもらうと、そこには新幹線改札の写真が表示されていました。

私:「……これ、なんの写真ですか?」
上司:「東京駅の新幹線改札前だよ。さっき撮ってきた」
私:「え? なんで東京駅に行ったんですか?」
上司:「ジュンさんが迷わず来られるか、ちょっと確認しておこうと思って」
上司は、自宅から品川駅へ直行すればいいところを、わざわざ東京駅の新幹線改札まで行き、写真を撮り、その後に品川駅へ移動して新幹線に乗ってきたということです。
これが何かしらの配慮なのか、それとも純粋に心配されているのか。正直、よく分かりませんでした。
ただ一つ分かるのは、「ジュンを絶対に愛知まで送り届ける」という上司の心意気です。私は若干の不可解さを抱えながらも背筋を伸ばしました。
名古屋に来たなら、あんかけスパ
昼ごろ、名古屋駅に到着しました。
実は私、大学時代に名古屋に住んでいまして、その頃によく食べていたものが、名古屋めしの一つであるあんかけスパゲッティです。
太めの麺に、胡椒がピリッと効いた濃厚なあんかけソース。そしてソーセージ、野菜、卵など、トッピングの組み合わせも自由自在。初めて食べた人は「これはパスタなのか?」と戸惑うかもしれませんが、名古屋で暮らした者にとっては、ふとした瞬間に思い出すソウルフードだったりします。
私:「あの、昼食なんですが、あんかけスパを食べにいってもよろしいでしょうか」
上司:「いいですよ。せっかく名古屋に来たんだし、食べたいものを食べましょう」
地図アプリで調べてみると、名古屋駅から歩いて数分のところに「スパゲッティハウス ヨコイ」があることが判明。ヨコイといえば最も有名なあんかけスパのチェーン店です。秒でここに決め、歩き始めました。10分もせず現地に到着。

現地に着くと、店の外に10人超の行列が。さすがは人気店と痛感しつつ列に並ぶことにしました。時間に余裕を持って行動しているからこそできるムーブです。
30分ほど待って、ようやく着席。トッピングは、もちろんピカタです。

ピカタとは、スパゲッティの上に薄焼き卵と肉が乗った、あんかけスパ界の王道メニューの一つです。胡椒たっぷりのピリ辛ソースに極太麺、そこにピカタがトッピング。それらが口の中で混ざり合い、「そうそう、これこれ!」となるわけです。
一口食べて、私は静かにうなずきました。
「名古屋に帰ってきた……」
懐かしい味を食べたことで、少し心がほぐれました。
とりあえず会場を見に行く
腹ごしらえを終えた私たちは、名鉄で中部国際空港駅へ向かいました。
名古屋駅から中部国際空港へ行くなら、特急の「ミュースカイ」を使うのが早くて快適です。しかし、ミュースカイに乗るには追加料金がかかります。
今回の遠征費はありがたいことにJEEDから支給されるのですが、ミュースカイの追加料金は支給されないことは事前に分かっていました。時間はまだまだ余裕があります。というわけで、通常料金で乗れる電車でのんびり向かうことにしました。
多忙な日常業務の中ではなかなか話せない、ゆとりのある雑談をしながら電車に揺られること約40分。中部国際空港駅へ到着し、そこから会場のAichi Sky Expoへ歩いていきました。

会場の建屋は想像していた以上に大きく、近代的でした。入り口付近に植物まみれの柱が何本もぶら下がっています(こういうものは「バーティカルフォレスト」というらしいです)。
「明後日、ここで全国の代表選手と戦うのか……」
そんな感じで感慨に浸っていると、上司が、
「せっかくだから、ユニフォームを着て、会場をバックに写真を撮ろうか」
と言ってくださいました。それで撮っていただいたのが、こちらの写真です。

写真の中の私は、たぶんそれなりに落ち着いて見えることでしょう。しかし内心では、「明後日、ちゃんと戦えるのか……」という不安と、「フィンランド行きの切符を手に入れてやるぞ……」という野望が、交互に脳内を駆け巡っていました。
MacBookをドヤ顔で開く
会場の下見を終え、宿泊先の東横INNへ向かいました。
中部国際空港の周辺には東横INNが2棟あります。そして私たちが泊まる建屋は、会場に近いほうではなく、そこそこ遠いほうでした。
しかし私は精神障がい者ですので、会場まで歩くこと自体に問題ありません。というか、会場とホテルを往復するバスがありました。
ホテルに到着し、さっそく受付へ。30分ほど早く着いたため、しばらく待つことになりました。こういう待ち時間、普段ならスマホでもいじっているところですが、今回は違います。
私はバックパックからおもむろにMacBookを取り出し、ドヤ顔で立ち上げました。競技に持ち込むHTMLコードとサイトを見て、心を落ち着かせるためです。
半透明のメニュー。アクセシブルなカルーセル。ジュンビィ君。何度も何度も調整したアニメーション。それらを見ていると「ここまで作ってきたんだから何とかなる」と思えてきます。

画面を眺めながら、私は心の中でつぶやきました。
「明後日、君たちをハレの舞台に出してやるからな…」
受付を済ませ、自室に荷物を置いた後、私たちは夕食と買い出しのため、常滑のイオンモールへ向かうことにしました。
イオンモール、台湾まぜそば、そして水
イオンモールへは、アビリンピック選手専用の無料バスで向かいました。10分ほどで到着。

モール内のテナントを軽く冷やかしたあと、早めの夕食を摂ることに。
昼はあんかけスパだったので、夜は軽めに……とはならず、台湾まぜそばを選びました。台湾まぜそばも名古屋めしであり、大好物だからです。
昼も麺類でしたが、同系統の食事を連続で摂れるタイプの人間なので、何の問題もありません。むしろ、あんかけスパから台湾まぜそばという流れは、名古屋に敬意を表した食の連携プレーと言えるでしょう。
上司も「食べたことないし、せっかくだからチャレンジしてみよう」と言ってくださいました。店員さんに2つ注文し、配膳されました。
「よし、食べようか」と思ったところで、困ったことが。テーブルに酢が見当たらない。台湾まぜそばに欠かせない具材の一つが卵黄なのですが、卵黄と酢をよく混ぜることでマヨネーズのような感じになって麺にしっかり絡みつき、めちゃくちゃうまくなるのです。
上司にその状態で食べていただきたかった私は、ダメもとで店員さんに確認しました。
私:「すみません、お酢ってありますか?」
店員さん:「申し訳ありません、置いていないんです」
私:「そうですか……」
ないものは仕方ないので普通に食べ始めましたが、まあ、酢がなくても普通においしい。上司に「これはこれでうまいですね」と言いながら、しっかり完食。ごちそうさまでした。
食後はスーパーで買い出しです。何せ今日から3泊(!)するので、確実に必要となるものはこういうところで節約しておきたい。上司が2リットルの水を手に取り、こう言いました。
上司:「これで100円しないんだぜ? コンビニならこうはいかない」
私:「なるほど。僕も買います。ホテルの水道水でいいかと思っていましたが」
上司:「ん? ホテルのユニットバスの水って、飲めるんだっけ?」
私:「え? 飲めるんじゃないですかね……」
私はこれまで、「飲めない水が出る蛇口付近には『この水は飲めません』と100%書いてある」という感覚で生きてきました。しかし、改めて考えると「この水は飲めます」と書いてある蛇口も存在する。ということは……
まあ、いずれにしても終わったことなので、過去は気にしないことにしました(笑)。
あと、エナジードリンクも買い込みました。なにせここ1か月、起き抜けにエナジードリンクを一気飲みしています。双極性障がいの筆者が、エナジードリンクの力も借りながら乗り切るほどの価値があるのがアビリンピック、というわけです。皆さんは絶対に真似をしないでください。
それらと、大好物のスモークチーズお得パックをカゴに入れ、レジへと向かいました。
旅先のテレビと、開会式前夜
ホテルの部屋に戻ったのは、18時ごろだったと思います。

夕食も済ませた。買い出しも済ませた。会場も確認した。ここから先は、もう下手にコードを直したり、新しいことを覚えようとしたりしない。
テレビを観ながら、ベッドの上でゴロゴロしました。
私は普段、積極的にテレビを観ません。リビングにしかテレビはなく、チャンネル権は妻と子に支配されているので、昨今どんな番組が放映されているのか把握していないのです。そのため、番組表を見てチャンネルを変えながらテレビを観るという行為が新鮮でした。特に面白いのが、旅先で流れている地方のCMです。
「この企業、愛知では有名なんだろうな」
「この人、こんなCMに出てるんだ」
とか思いながら、ぼんやり画面を眺めていました。
緊張は、もちろんありました。全国大会です。東京大会とは、規模も参加者も期待も違います。フィンランド行きも懸かっている。ここまで準備してきたものを、たった一日で出し切らなければならない。でも心は平常を保っていました。
焼いたメディアはカバンにある。頼れる上司も一緒にいる。エナドリもある。そして何より、作りに作り込んだサイトがある。
私はベッドに横になりながら、明日の開会式とオリエンテーション(競技PCの事前確認やセッティングを行う)を頭の中でシミュレーションしました。そして眠りにつきました。
次回予告
明日はオリエンテーションと開会式。
持ち込んだCD-RとDVD-Rは、果たして読み取れるのか。そして開会式の様子は? 次回もお楽しみに!
関連リンク
前回(第6回)の記事を読む
アビリンピック 公式サイト(外部リンク)
Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)公式サイト(外部リンク)
