週刊連載エッセー(12月13日)
ある冬の夜、実家の近くで用事があり、帰り道に不意に母を訪ねたときのこと。夜も遅かったので、母はすでにパジャマ姿でしたが、赤い口紅をさしていました。「もうこんな色の口紅は使わないからリップクリーム代わりにね」と。口紅も油性だし唇を保護するためと私も納得。
けれど母亡き後のある日、ふと、あの日の母は赤い口紅をつけたかったのではと思いました。43歳で夫を亡くし、5人の子を育て上げた母。老後のひとり暮らしの中で、夜だけときどき口紅をつけて、その小さな華やぎの中で、父との若いころの日々や、幼い子たちの母としての幸せな日々を思い出していたのではないかと。
そう考えたら胸が一杯になって、久しぶりに「お母さん」と声に出していました。
・イラスト/いなだ 牧子
著者・並木 きょう子/東京都在住。フリーライター。人の生き方を独特の視点で描く人物ルポ、軽妙なエッセイ執筆。著書にエッセイ「ごちゃまぜ同居行進曲/主婦の友社刊(テレビドラマ化)」「300字の小さな幸せレシピ/アップオン刊」ほか多数。
ⒸKyoko Namiki,Makiko Inada&upon factory
無断で複写・複製することは、著作権上の例外を除き禁じられています。
※新しいエッセイは毎週月曜日に掲載します。
※8月23日号 長男が、大人の背丈になったとき
※8月30日号 食卓を片付けながら
※9月 6日号 庭のブドウの樹
※9月13日号 ある年の初秋、結婚披露宴で
※10月4日号 多摩川の鉄橋で
※10月11日号 〝新米の力〟
※10月18日号 今夜の君は美しい!
※10月25日 号〝湯気マジック〟
※11月 1日号 日本のお母さんの手
※11月 8日号 紅葉を楽しみに
※11月 15日号 花の〝花道〟に
※11月29日号 ボージョレ・ヌーボーの季節
※12月 6日号 年の瀬に向かって