8月15日 最終回
 今年の春、京都の“かくれた花の名所”といわれる山合いを訪ねたときのこと。山の斜面に咲くしだれ桜は、幾重にも重なり、まるで花の楽園のよう。しかも満開です。
 花の斜面をのぼっていくと、上から降りてくる車椅子の人に出会いました。中年の女性が乗っていましたが、速度を微調整して、すれ違う私たちにも気をつかいながら、土の道をなめらかに下りていきました。

 ひと回りした私が出口付近に戻ると、先ほどの車いすの女性がいました。思わず、「斜面でも、とてもじょうずに降りてましたね」と声をかけると、「私がじょうずなんではなくて、この車の性能がいいんです」と、笑顔で応えてくれました。関東圏からひとりで来て、京都の花の旅を楽しんでいるそうです。
 彼女は「バスが来るので…」と言って、少し遠くのバス停に向かって走っていきました。
 車いすの後ろに、大きな布製のバッグがリズミカルに揺れていました。

 何年か前に、ひざの手術をしてから、つい膝をかばって、遠出をためらいがちだった私は、彼女の笑顔と行動力に、なんでそんなことでクヨクヨしているの? もっと前向きに生きたらと、ポンと背中を押され、励まされた気がしました。

 次の日の天気予報は“晴れ”。
 またどこかの花の道を、さっそうと走っている彼女を思い浮かべ、私も心がはずみ、勇気が湧いてくるのを感じました。

いなだ牧子さんがペンと色鉛筆で描いたイラスト 紫や赤た青色の朝顔に囲まれた一筆箋に、つるがまきついた筆が挨拶を書こうとしています

 昨年8月、朝顔の美しい季節に始まったこの『300字の小さな幸せレシピ』のエッセイも、今回が最終回です。
 皆さま、一年間ありがとうございました。
 


・イラスト/いなだ 牧子

著者・並木 きょう子/東京都在住。フリーライター。人の生き方を独特の視点で描く人物ルポ、軽妙なエッセイ執筆。著書にエッセイ「ごちゃまぜ同居行進曲/主婦の友社刊(テレビドラマ化)」「300字の小さな幸せレシピ/アップオン刊」ほか多数。
ⒸKyoko Namiki,Makiko Inada&upon factory 
無断で複写・複製することは、著作権上の例外を除き禁じられています。

※新しいエッセイは毎週月曜日に掲載します。