2018年4月、レッスンへ向かう途中、歩道にあった木製の看板が強風で倒れる事故に巻き込まれ脊髄を損傷し、車いす生活になった猪狩ともかさん。今は、アイドルとしての活動だけでなく、自身の車いす生活をSNSで配信するなど精力的に活動しています。
 そんな猪狩さんをらくゆく編集部にお招きし、独占インタビューをさせていただきました。

奥に観葉植物と茶色いソファーのある部屋で、黄色の仮面を両手で持って顔の横に上げている笑顔の猪狩さんの写真

 猪狩(いがり)ともかさん
1991年12月9日生まれ。アイドルグループ『仮面女子』のメンバー。メンバーカラーは黄色。
趣味は、野球観戦(埼玉西武ライオンズファン)・ゲーム・映画鑑賞。


 

車いすのお客さんが多かった、生誕祭

 

今年(2024年)2月17日に3年ぶりとなる『生誕祭』を開催されましたが、率直な感想をお聞かせください。

 コロナ禍ということもあって、なかなか開催することができなかったんですが、3年ぶりに開催することができて、すごくうれしかったですね。
 いつもは、同じ事務所のグループも一緒に出演するんですけど、この日は『仮面女子』だけでした。でも、『ジュリアナの祟り』さんと『破天荒チルドレン』さんの二組がゲストで出てくださって、いつもと違うにぎやかな生誕祭になりました。
 普段だと車いすのお客さんは多くても2~3人くらいですけど、この日はいつもより多くて印象的でした。

 

「HAL®」のリハビリで、体幹が強くなった

 

ほぼ毎日のように公演があるのを拝見して、驚きました。どのようにして体調を維持されていますか?

 私は、他のメンバーと同じスケジュールで動こうとすると、体が追いつかなくなってしまうんです。なので、自分で考えながら、仕事が続く日があると「ここはお休みさせてほしいです」と伝えて、調整しています。

車いすユーザーになってから、特別なケアとかトレーニングとかやられていますか?

 装着型サイボーグ「HAL®」を使ったリハビリを2年くらい前から、月に3~4回ほどやっています。
 大きな変化ではないですけど、体幹が強くなったと感じています。リハビリ前は、背もたれが無い状態で両手を離すのが難しかったんですけど、今は背もたれが無い状態でも両手を離して、上着を羽織ることができるようになりました。また、ライブを見てくれてたファンの方からも「体幹がすごいしっかりしているね」とよく言われたりします。


黄色の仮面を膝の上に置き、両手を肩のあたりまで上げている猪狩さんの写真
 

父がノートに書いた歌詞に励まされた

 

著書の中で、“前を向くことができたのは、たくさんの「言葉」があったから”と書かれています。今、支えとなっている「言葉」はありますか?

 入院してまだ間もなかったころに、父が『仮面女子』の「仮面大陸~ペルソニア~」という曲の歌詞の一部を私のノートに書いて、励ましてくれたことがありました。

「トンネルの先に一筋の光 私の心に降り注いで
辛い記憶も唇を噛みしめた昨日も
何もかもが笑える過去になるよ」

 未だに「仮面大陸~ペルソニア~」を披露するたびに、うるっとしてパフォーマンスをしています。

※著書『100%の前向き思考 - 生きていたら何だってできる!一歩ずつ前に進むための55の言葉』

 

発信することで、情報を届けられたら…

 

車いす生活のことをSNSで発信されていますが、周りの反響はいかがでしょうか?

 同じ境遇にある人はわたしのSNS発信にすごい共感してくれます。逆に「こういうのがあるよ」って教えてくれることもあって、私自身が得られることもあります。あと、知らなかった人に届いているっていうのも、実感できますね。例えば「知らなかった。教えてくれてありがとう」って言ってくれることも多いですね。
 ただ、中には批判的な意見も一定数はありますけど。「そういう考えの人もいるんだな」と思って、あんまり気にしないようにしています(笑)

SNSを通じて、具体的にどんなことを得られたのでしょうか?

 玄関のドアを自動で開閉してくれる商品(ドア自動開閉装置)や、食あたりしないと言われている、完全陸上養殖のカキがあることを教えていただきました。

車いすユーザーになった当初と今と、それぞれご自身の意識の変化はありましたか?

 今までアイドル活動のことを発信することはあっても、車いす生活の奥深い所に触れることはあまりありませんでした。最近は「もっと発信していこう」と思うようになりました。発信することで、知らなかった人に情報を届けられたり、理解してもらえたりすることにつながっていると思っています。

黄色の仮面を膝の上に置き、笑顔で話す猪狩さんの写真
 

卓球バレーを広めたい!

 

車いすテニスや車いすフェンシングなど、さまざまなパラスポーツに挑戦されてきたそうですが、いかがでしたか?

 パラリンピックの競技は半分ぐらい体験してきましたが、初めて体験したのは車いすバスケットボールでした。座ってシュートを打つときは、脚の踏ん張りが効くか効かないかでも力の入り方が変わります。見ているだけでも「難しそう」「大変そう」というのが伝わってきますが、実際に体験すると想像以上に難しかったです。

 あと、変わったところではカヌーもやりました。路上は坂や段差が多いですが、水上はバリアフリーに感じることができて、自由で気持ち良かったです。でも、腕は疲れました。
 

気になるパラスポーツはありますか?

 車いすラグビーは、見ているだけがいい(笑)。あんな強い衝撃を受ける勇気が無いので、見ているのが楽しいなっていう感じですね。
 パラリンピック競技ではないですが「卓球バレー」という、卓球台を使って6人対6人でボールを交互に打ち合う競技があるんです。それがすごく楽しくて、広めたいなって思いましたね。アンバサダーとか、任命してくれないかな?(笑)

 

結婚より、ネコちゃんとの時間が幸せ

 

結婚などプライベートのライフプランは、立てていますか? 

 結婚は……ちょっと前は、割と憧れを持っていたんですけど、今はあんまりそこに対しての熱意が無くって。一人でいる時間ってすごく大事だなと思っていて。ゲームをしたりドラマや映画をみたりする時間が好きなので、恋人ができたりとか結婚とかってなると、一人の時間が取れなくなるじゃないですか?
 あと、実家にネコちゃんがいるので、ネコちゃんといるとすごい幸せを感じることができるので、あんまり、そっち方面(結婚)は考えていないです。

 茶色いソファーの前で、胸の辺りに黄色の仮面を持ち、顔を左に向けている猪狩さんの写真


どっちにも寄り添える存在に

 

これから先「こんな風に役割を担っていくのかな?」というような、具体的なイメージはありますか?

 そんなに大きく「私が背負っている」っていう意識はないですけど、もともと健常者だったわけですから、どちらも知っているので、ちょうど懸け橋になれるように。どっちにも寄り添える存在でいられたらいいな、と思っています。

 

皆さんと、情報交換できたらうれしいです

 

最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。 

 車いす生活になって、もう6・7年くらい経とうとしていますが、まだ知らないことや新しく知ることがいっぱいあるので、それをどんどん発信していこうと思っています。逆に、車いす生活に有益な情報をシェアできたらいいな、と思うので、情報交換できたらうれしいです!

奥に複数のマンションが立ち並ぶ屋上で、左手で頬杖をついて微笑む猪狩さんの写真
インタビューを終えて
 人生で初めて、芸能界の方とお話させていただきました。お会いするまでは、期待と不安でいっぱいでしたが、とても気さくで話しやすく、“いい意味で”野球とネコちゃんが大好きな、ごく普通の女性でした。
 私も野球好きなので、始球式の話をすると
「リベンジしたいです! 最近、背筋というか腕周りの筋肉がしっかりしてきたねって言われるので、今ならノーバウンドで投げられるんじゃないの? って思っていて。安易な考えですけどね(笑)」
 と一番の笑顔で答えてくれたのが印象的でした。

 お忙しい中貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
 猪狩さんをらくゆく編集部は、これからも応援します!

左奥に観葉植物がある部屋で、右手に黄色の仮面を持って振り向いている猪狩さんの写真

 

写真:鈴木智哉 文:油利美佐子(二分脊椎症・側弯症)