今回は理学療法士のかたわら、介護美容の活動をしている荒金千里さんにらくゆく編集部でインタビュー。そもそも介護美容とは、障がいのある方や高齢の方に向けて、ネイルやメイクなどの施術を行う美容サービスです。外見の美しさだけでなく、心の健康にも良い影響をもたらし、生活がより豊かになるそうです。
インタビューの前に障がい当事者社員に、介護美容の1つであるネイルを体験してもらいました。
【初めてのネイル体験!】
今回、荒金さんが行うネイルは、水溶性ネイルで色を塗り、その上からワンポイントとなるシールを貼るというもの。水溶性ネイルは、独特の匂いもなく、お湯で落とせるので爪にも優しいネイルです。他にも、お客さんの要望に応じて、通常のマニキュアを使用したり、アクリル絵の具でアートを書くこともあるそうです。
ネイル体験をするのは、右手指機能障がいの室橋育代さんと二分脊椎・側彎症の油利美佐子さんの2人。
▲室橋 育代さん | ▲油利 美佐子さん |
まずは室橋さんから体験スタート。片手しか使えないこともあり、普段はネイルをしないそうです。カラーを塗る前に、やすりで爪を磨き形を整えます。磨くだけでも、きれいになるので、男性にもおすすめなんだとか。
次はいよいよカラーを塗ります。
どんどん綺麗になっていく自分の爪に戸惑いを隠せない室橋さん。オレンジ色を塗る際に、最初は「薄く塗ってほしい」とオーダー。しかし、乾いていくうちに印象が変わっていき「もう1度塗ってほしい」とお願いしていました。
一方の油利さんは、20年前に友人の結婚式のために自分で塗った以来のネイル。
カラーはお任せにしました。荒金さんがチョイスしたのは、肌なじみの良いヌーディな色。
夏らしいお花のシールもワンポイントで入れて、爪を見たときに華やかな気持ちになれるようにしました。
【きれいに塗ってもらえて感動しました】
今回のネイル施術体験の感想を2人に聞いてみました。
室橋 育代さん
「普段は片手しか使えないし、私には似合わないだろうと思ってネイルをしたことはありませんでした。2度塗りをすると、色が濃くなり、きれいになったのでうれしかったです。」
油利 美佐子さん
「なかなか、ネイル体験を受ける機会がなかったので、貴重な経験になりました。お色もお任せだったのですが、きれいに塗ってもらえました。また体験したいです。休日の外出時にもネイルを楽しんでみたいと思います。」
【美容には様々な力がある】
施術後、荒金さんに感想を聞いてみました。「室橋さんは、初めてネイルをされたとのことで、最初は普段との自分との違いに戸惑われていたご様子でした。ですが、爪が綺麗になっていくうちに笑顔が見られました。色を塗る際も、当初は薄く塗るだけでいいとおっしゃっていましたが『もう1度塗りたい』と2度塗りを希望されるなどの変化が見られました。油利さんは20年ぶりのネイルで爪をピカピカに磨いただけでも喜んで下さったので、うれしかったです。」
元々、理学療法士だった荒金さんが介護美容を始めたのは、ある女性の利用者さんがきっかけ。その利用者さんは脳出血で入院。リハビリを行い、自宅へ退院できたものの、ゴルフや水泳を楽しんでいた以前の自分と比べると、できないことも増えて「死にたい」とネガティブな気持ちになっていたそうです。
そんなときに、訪問リハビリに来ていた荒金さんの手入れされた爪を見て「きれいね~」と笑顔になったそうです。その様子を見て『美容には人を元気にする力がある』と確信した荒金さん。「リハビリでは運動機能の回復はできるけれど、心のケアまではなかなかできません。介護美容を取り入れることは、気持ちを明るくしたり、元気にできるのではないかと思います。」と話してくださいました。
「介護美容研究所」という介護美容の専門学校に1年間通い、ネイル・メイク・ハンドトリートメントなどはもちろん、肌の構造や介護の仕方を勉強し、介護美容を始めます。
【介護美容を知ってもらいたい!】
現在は公民館などで、地域のアクティブシニアに向けてネイルと運動の講座を行っています。今度は、施設や依頼があった方のご自宅に伺い施術することも展開していきたいんだとか。
他にも多くの障がいのある人たちが足を運ぶイベントに出展し、ネイル施術を行っているそう。その目的は、介護美容を知ってもらうため。
『障がいがあったり、高齢だからという理由で、美容をあきらめている人にこそ、介護美容を知ってほしいと思っています。美容を生活に取り入れることで、気分が上がり、さまざまなことに挑戦するきっかけにないかと思います。』
8月25日には、歯科医師が東京都日本橋で主催する主人公になりにいくイベント「Your TIME」にて、ネイルやハンドトリートメントの施術を行う予定です。
印象に残った介護美容でのエピソードを聞いてみると「認知症の女性の方に、複数回施術を行いました。最初は私が誰かもわからないご様子で、施術への拒否も見られました。しかし、回数を重ねるごとに綺麗になることは気持ちいいものだと分かって、最終的にはご自身で眉毛を描かれるようになりました。」
腕の可動域を広げたり、自助具を利用したりと、メイクをすることでリハビリと同じような効果を得られるようになるのが最終目標だそうです。
【取材後記】
今回の取材を通して、改めて美容には人を元気にする力があることを再確認できました。
文:榎本佑紀(脳性まひ) 撮影:鈴木智哉