皆さんは網膜色素変性症(もうまくしきそへんせいしょう)という病気をご存じでしょうか。
 網膜色素変性症は、目の奥にある網膜という組織が異常をきたして視覚障がいを引き起こす原因となる疾患です。
 この病気の発症にともない、これからどのように生活していけば良いのか? あるいはこの病気の患者さんとどのように関わっていけば良いか? など多くの悩みを抱えている人もいるかもしれません。
当記事では、網膜色素変性症の当事者である筆者が、自身の経験を踏まえてこの病気との付き合い方を紹介します。

網膜色素変性症ってどんな病気?

夜の闇の中、向こうに光る街並みと橋が見える写真。手前にはうっすら水面が見える。

▲視野が狭くなり、周囲の光を感知しにくくなると夜空の星も見づらくなります

網膜色素変性症は、目(眼球)の奥にある網膜という組織に異常をきたし、視力低下や視野狭窄(しやきょうさく)など、さまざまな症状を引き起こす疾患です。
 進行性の疾患で、患者さんの多くは視覚障がいを抱えることになります。

網膜色素変性症の主な症状

網膜色素変性症の代表的な症状は4種類あります。
 次のような症状がある場合は、網膜色素変性症をはじめとする目の病気の可能性がありますので、気になることがあれは眼科を受診してみましょう。

視力低下・弱視:眼鏡やコンタクトを付けていても文字や画像が見えにくい

 新聞や本の文字、テレビやスマホの画面が急に見えにくくなります。

視野狭窄:見える範囲が限られてくる

網膜の異常が進むことにより、見える範囲が狭くなっていきます。ひとつの視界の中で見える場所と見えにくい場所の差が出てくることもあります。

夜盲症(やもうしょう):暗い場所が見えにくい

視野狭窄にともない、暗い場所ではより見えにくさを感じるようになります。
 病気の初期では日中は自覚症状がなくても、夜間や暗い場所での作業や車の運転で不便さを感じる場合があります。

羞明(しゅうめい):必要以上にまぶしさを感じる

網膜は目の中に入ってくる光をコントロールする働きがありますが、網膜色素変性症ではこの働きに異常が現れるため、まぶしさを感じます。
 また、合併症として白内障を起こしやすくなります。

参考/難病情報センター
https://www.nanbyou.or.jp/entry/196

※注意:同じ病気でも、症状が出るタイミングや感じ方には個人差があるため、気になることがあればまず主治医に相談しましょう。

体験談で知る! 網膜色素変性症の当事者との関わり方

積み木の上で、発泡スチロールで作った二人の人形が手をつないでいる

▲網膜色素変性症になっても、できることはたくさんあります。「お互い助け合う」気持ちを持って関わってください

私は5歳の時、夜に家の玄関前で転びやすくなったことを両親が心配して、病院を受診したところ網膜色素変性症が発覚しました。
 それまで健康に育っていたので、家族もこの未知の病名を知った時は今後どのように対応していくべきか手探りでとても悩んだようです。
 私自身も、病気との上手な付き合い方や、周囲への症状の伝え方などを今も模索しながら生活しています。
その中で自分なりに取り組んできたことや、当事者の視点から関わり方のヒントを紹介します。

「どうすれば見やすいのか?」を話し合ってみましょう

弱視の症状があると、パソコンや書類の文字も読みづらくなりますが、すぐに点字の習得が必要かどうかは本人も交えて主治医に確認してみましょう。
 視力が低くても、拡大コピーや拡大鏡、PCやスマホのアプリを利用することで、デスクワークが継続して可能となることもあります。手元の暗さが気になる場合は、明るさを調節できるデスクライトを使うと作業効率が上がります。
 学生の場合は、黒板の板書が見えやすい位置に席を変更してもらうなど、本人の症状に合わせた配慮が可能かご家族から学校に相談しましょう。

暗い場所や段差、障害物の多い場所での行動に注意

視野に問題を抱えている網膜色素変性症当事者の場合、屋内より屋外や夜間の行動にまず不安を感じ始めることもあります。
 暗い場所や階段、人ごみの多い場所で一緒に行動する場合は、「私はどうすればいいかな?」とまず声をかけ、本人の希望に合わせてサポートをしましょう。「何となく見ていて危なっかしいから」と、断りなくいきなり手や腕を引いて誘導することは本人の不安を煽るため、かえって危険です。
 話し合ったうえで、暗い場所では手を引いてあげる、人混みでは慌てずゆっくり移動するなど、場面に合わせて援助のパターンをあらかじめ決めておくとお互い安全に行動できるでしょう。
 歩行以外の移動手段(車や電車、エレベーターやエスカレーターなど)がある場合は、そちらを優先して提案してもらうのもありがたいです。やむを得ず階段を使う場合は、手すりの有無を一緒に確認し、安全に昇降できるようにしましょう。
 白杖を利用している当事者の場合は、既に自分に合った歩き方があるため「特に手伝ってもらうことはないかな」と言われることもあります。それは決して介助者の善意を否定するものではありません。

体験談で知る! 網膜色素変性症と付き合う生活

網膜色素変性症は、弱視・視野狭窄・夜盲症などいくつもの症状が複雑に絡み合っているため、自身の状態を周囲に伝えることが難しいと感じたりします。
 病気の進行に伴い、今までできていたことが徐々にできなくなることへの辛さや無力感を度々感じるときもあるでしょう。
 一人で悩まず、信頼できる人の協力を得ながら、病気との付き合い方を探していきましょう。

助けてもらうことと自分でできることを把握して周囲に伝える

病気の発症時や症状の進行を感じ始めた時は、自分の生活を見直して「自力でできること」「周囲の助けが必要なこと」を確認しましょう。
 職場などでは、初対面の人にもそのことをすぐに伝えられるよう、メモなどで準備しておくとより安心です。
 私は仕事や初対面の人には、最初に「書類は拡大コピーか、PDFなどPCの拡大機能で読める形にしてほしい」「文字の手書きは苦手なので、なるべくPCで入力可能な形式にしてほしい」「注意書きは色分けではなく、記号や文字で示してほしい」といった希望を伝えます。
 作業を開始した後も、「これだと作業しにくいな」と新たに感じたことはすぐに伝えて、対処法をその都度メンバーと相談するようにしています。

外出時は「自分の苦手ポイント」を同行人に伝える

最近は、視野狭窄が進んできたので、友人と外出する時は必ず自分の最近の見え方について、「視界の中でもはっきり見えている場所と白くうっすらぼやけている場所が増えてきた」「足元のちょっとした段差に気づきにくくなったから、段差がある場所があったら教えて」「日が暮れてきたら白杖を使って歩くけどいいかな?」といった感じで、こまめに自分の見え方について伝え、対処法を詳しく話すようにしています。

身近な道具やツールを使って、「できること」を増やす工夫も

網膜色素変性症になると「どうせ進行するなら、この先できることは少なくなってしまうだろう」と考え、将来の生活について悲観的になりがちです。
 しかし、福祉器具でなくても身近にある道具を、自分なりの使い方で取り入れるだけでも見えやすさが変わり、今まで通りの生活を維持できるようになることもあります。
 例えば、シャープペンを使い細かい文字でメモを取ったり宛名を書くと、文字同士が必要以上に重なったり離れたり、まっすぐ書けなくなってきても、諦めずにマジックなどより太くくっきり書ける筆記用具を試してみる。手帳の代わりに大判のノートを使う、宛名を市販の宛名ガイドを使って書いてみる……といった工夫で解決できる場合があります。
 料理で食材を切る場合に、まな板の色と食材の色が似ていて切りにくいと感じてきたら、濃い色のまな板を選ぶと食材とのコントラストがはっきり判別できるようになります。

はがき大の透明なアクリルの板に、郵便番号や宛名の位置に合わせた四角い穴が開いている。名前の文字数によってどの位置に書けばよいかの目安も書かれている。

▲宛名ガイドは、紙の上に乗せて隙間に合わせて文字を書くとまっすぐ書けるようになる文房具の一種です

茶色のまな板の上に果物ナイフと4分の1に切られたオレンジが乗っている

▲意外とあると重宝する色付きのまな板 最近はプラスチック製の軽く使いやすい商品が雑貨店や通販でも多く販売されているので、自分の状態に合わせて選びましょう

デジタルツールは、ハイコントラスト(白黒反転)機能を

網膜色素変性症の人がPCやスマホを使うと白い画面だとまぶしく感じて、文字が読みにくいことがあります。
 その場合はWindowsPCやiPhoneに付属しているアクセシビリティ機能で、自分なりに画面をカスタマイズし、常に文字拡大やハイコントラスト(白黒反転)で操作ができるようにしています。手持ちの機種ではどんな機能が使えるのか、一度確認しておきましょう。
 一方で、デジタルの進歩によって生じる悩みもあります。近年はスマホをはじめ、銀行のATM、お店のレジなどでタッチパネル操作が主流となりました。視野が狭く画面全体をすぐに把握できない網膜色素変性症患者の私たちにとって、こうした操作は難易度が高く感じられます。
 キャッシュレス決済はお札や小銭をいちいち確認せずとも支払いができるという、視覚障がい者にとっては便利な面もあるので、より安心して使えるようなシステムがいつか開発されるといいなと思います。
 なお、銀行のATMにはインターホンや電話の受話器が設置されており、そこから音声ガイドで操作できる場合もあるので、よく利用するATMがあるなら確認しておくと役に立ちます。

例:セブン銀行ATMの音声ガイダンスサービス

https://www.sevenbank.co.jp/csr/esg/social/guidance.html

目だけではなく、体とメンタルのケアも大切

視力や視野の機能が落ちてくると、行動範囲も狭くなって運動不足になったり、将来への不安などからメンタル面の影響を感じやすくなることもあります。目だけではなく、適度な運動や生活習慣の見直しといった体の健康にも目を向けましょう。
 仕事をしている場合は、PC作業に集中しすぎると、目に力が入りその緊張で息を詰めてしまうため、肩こりや頭痛が起きやくなることもあります。アラームをつけて意識的に休憩時間を取り、就寝時には深呼吸やストレッチ、マッサージをしてリラックスする時間を持つなどの工夫も重要です。
 メンタル面の問題については、悩みを抱え込まずなるべく多くの人と安心して今の感情を共有できる機会を持ちましょう。また、不眠など生活に影響を及ぼす症状が出た場合は、心療内科で専門的なアドバイスを受けるといった対策を試してみましょう。
 そして趣味を持つことも心のケアにつながります。私はスマホの拡大機能を活用して目を休めつつもソシャゲで遊んだり、2.5次元の舞台を鑑賞するなど、いわゆる「推し活」を心の支えにしています。劇場は薄暗いので見えづらいこともありますが、台詞や音楽、会場の雰囲気を味わうことで元気をもらっています。

トレーニングウェアの女性キャラクターが映ったエクササイズゲームの画面。ゲーム機の手前にはコントローラーが置いてある。

▲運動不足の解消のためにエクササイズのゲームも取り入れています。室内でできるうえ、コントローラーの振動でリズムを感じて運動するので、画面をずっと見ている必要もありません!

まとめ

網膜色素変性症になると、本人や周囲も症状や今後の生活について悩み、戸惑うものです。
 しかし、病気になるまでに得た知識や経験、能力は決して無駄にはなりません。更にそうした経験に加えて、新たな環境でチャレンジしてみることもひとつの選択肢です。
 「病気になった」ということをチャンスと捉えて、自分の新たな可能性を広げていくことができれば、より充実した人生を送ることができるでしょう。

 

文/野崎恵美子(網膜色素変性症)