目次


プロローグ 父の思い

ある日、息子さんは何ともいえない嬉しそうな笑顔を見せました。今も強く印象に残っています。大好きだった「ちびまる子ちゃん」の中古全巻セットをインターネットで購入し、箱を開けたときです。
息子さんには軽度の知的障がいがあり、小中学生の頃、障がいのある子どもたちが絵を描く集まりに参加していました。熊本氏が息子さんの描いた絵を見たとき、「上手だな」と感じていました。息子さんの作品が時々企業に採用されることがあり、受け取ったお金で漫画やアイスクリームを買っていた日々でのことでした。
父親として「よかったね」と思う一方で、ある思いが芽生えました。「こうした機会はまだ限られていて、仕組みとして十分に広がっているとは言えないのではないか。もしこれを事業として広げることができれば、同じように喜びを感じられる人がもっと増えるのではないか——。」 その思いが、障がい者アート協会の活動へとつながっていきました。

今回、バリアフリー情報サイト「らくゆく」は、全国の障害のあるアーティストを支援する「障がい者アート協会」代表の熊本氏に、お話を伺いました。

リモートで取材に応じる熊本氏


「障がい者アート協会」とは

2015年の設立以来、現在では2000名以上の参加者と7万点を超える作品が集まる、日本最大級のプラットフォームへと成長しました。支援する側・される側の裾野を広げていくことを目標に、オンラインギャラリー「アートの輪」を通じて作品を発信しています。
また、企業のノベルティ(カレンダーや社内報の表紙など)に作品を活用してもらう収益事業も展開しています。協会が著作権を適切に管理することで、アーティスト本人へきちんと、継続的に還元される仕組みを構築しているのが特徴です。※障がい者支援団体で国内唯一の著作権等管理事業者として文化庁に登録 

「可能性アートプロジェクト」のトートバッグ


参加のハードルは低く、「うまい・下手」は関係ない

同協会の最大の魅力は、参加へのハードルが非常に低いことです。
・障害の種別や程度、年齢、居住地は問いません。
・公的に障害を証明できる手帳があれば、どなたでも参加できます。
・参加費用は一切かかりません。
「絵のうまい・下手はどうでもいいんです。発信の意欲がある人は、障害があれば全員受け入れます」と熊本氏は語ります。


取り組みの広がりとこれまでの歩み

設立から約10年。 障がい者アート協会の取り組みは、着実に広がりを見せてきました。
現在では、作品を活用した企業との取り組みも継続的に増えており、一度取り組んだ企業の約85%が翌年も継続して依頼してくれているといいます。「企業の皆さまにも満足していただける形で価値を提供できている。そういうビジネスモデルとして、少しずつ浸透してきた実感があります」と熊本氏は話します。
これまでの歩みを振り返り、「当初は時々やってくる問い合わせの比較的小規模の案件を、一つひとつという形でした」と語る熊本氏。しかし、TOPPAN「可能性アートプロジェクト」との連携が始まったことで、事業の規模感や可能性の広がりを強く実感するようになったといいます。同プロジェクトとの取り組みは、活動の成長にも大きく寄与しており、相乗効果の中で着実に広がってきました。
一方で、活動の根底にある思いは変わっていません。「支援する側と支援される側の裾野を広げていくこと。それが私たちの目標です」立ち上げ当初は、参加者や作品を増やし、仕組みそのものをつくることに力を注いできましたが、現在は、信頼性を高めるための「著作権管理」に軸足を置きながら活動を進めています。参加の裾野を広げる仕組みづくりから、信頼性を高める仕組みづくりへ。活動は形を変えながら発展を続けています。

障がい者アート協会 登録アーティスト 山下重人さんの作品(一例)


印象的だったエピソード

これまでの活動の中で印象的だったエピソードとして、仙台にお住まいのアーティスト、山下さんのケースを挙げてくださいました。山下さんは筋ジストロフィーを患っており、ベッドで寝たきりの状態です。動かせるのはわずかな指先だけですが、それでもベッドの横に置いたディスプレイを見ながら、指先でペンタブレットを操作し、少しずつデジタルアートを描き上げているのです。
「その作品が、ただ描いたというレベルではなく、本当に素晴らしい作品へと仕上がっていくんです。『人って、できないことってないんだな』と、私自身が衝撃を受けました」と熊本氏は振り返ります。年々作風が変化し、作品が進化していく様子にも驚かされるといいます。

また、和歌山にお住まいのアーティストの方も、もともと美術教育を受けていたわけではなく、病院での治療の一環として絵を描き始めたことをきっかけに、思わぬ才能が開花したそうです。


登録アーティストの声

障がい者アート協会の取り組みは、多くのアーティストの創作活動の支えになっています。
・「採用していただき、本当にうれしかったです。これからもたくさん絵を描いていきたいと思います」
・「挑戦できただけでも大きな経験になりました」
このような声が多く寄せられているといいます。作品が採用された喜びだけでなく、「創作を続ける励みになった」「自分にもできることがあると感じられた」といった声も多く、表現を通じて社会とつながる実感が新たな創作意欲へとつながっているようです。


やりがい、そして苦労

熊本氏に活動のやりがいについて伺うと、毎年作成している「事業報告書」を書き終えたときだといいます。障がい者アート協会では、1年間の活動をまとめた事業報告書を作成し、協力してくれている企業へ届けています。その報告書を作りながら1年を振り返ると、「今年も多くの企業の方々が協力してくださったんだな」と実感する瞬間があるそうです。
「報告書を書き終えたときに、『今年も1年続けることができたな』と感じるんです。それが一番のやりがいかもしれません」
もともとこの事業は、「来年も続けていられるだろうか」と手探りの中で始まったものでした。それでも1年、また1年と活動を重ねていく中で、支援してくれる企業や関係者の存在の大きさを改めて感じるといいます。
もちろん活動を続ける中では、日本中の非営利組織と同様に、資金面での苦労もありました。「最初の頃は、団体としても個人としてもお金がなかなか回らない状況でした」と熊本氏。立ち上げ当初には、会社員時代に面識のあった経営者の方々に支援をお願いすることもあり、活動を理解し応援してくれるスポンサーの存在は大きな支えとなりました。「金額以上に、その気持ちがとてもありがたかったですね」と振り返ります。


未来ビジョン

「『次の10年、何を目指すのか』という問いに対し、私たちの答えはシンプルです。それは、今取り組んでいることを、変わらずに、より深く、より広く続けていくことです。
様々な障害と向き合いながらも創作活動を続ける一人でも多くの人が、自身のアートを通じて社会との接点を持ち、何らかの役割を感じること、そして得ることです。その機会を『特別なこと』から『当たり前のこと』へと変えていきたい。私たちが目指す未来は、この活動が社会の欠かせない『インフラ』として確立される世界。誰もが自然に、そして自分らしく社会に参加できる風景を、次の10年も皆様と共に作り続けていきたいと考えています。」(出典:『一般社団法人障がい者アート協会第10期事業報告書』)

おわりに

最後に、熊本氏は次のように呼びかけました。
作品の優劣は問いません。発信してみたいという思いがあれば、ぜひ参加してほしいです。コンペなど、額に入れて飾るだけではない、思いがけないチャンスにつながることもあります」
興味のある方は、ぜひ一度サイトをのぞいてみてはいかがでしょうか。
アーティスト登録はこちら

文:佳山明(車いす)

リンク:
一般社団法人 障がい者アート協会
TOPPAN「可能性アートプロジェクト」