車椅子の詩人 山下重人

『「世界にひとつだけの風景」――「可能性アートプロジェクト」画家・詩人 山下重人さんより  後編』をお届けします。

前編では、自己紹介とこれまでの歩みや、山下さんにとっての「絵を描くこと」について、作品を描く方法やアイデア・こだわりの点をじっくりと伺い、余すことなく記事にまとめました。
まだご覧になっていない方は、ぜひ前編もあわせてご覧ください。
(前編はこちら

 

Q4 特にお気に入りの作品は何ですか?作品名と、そこに込めた想いやエピソードをお聞かせください。

わたしのいちばんのお気に入りは、「輝く星」という作品です。

真っ黒な夜空のなかに、赤や青、黄、緑と、色とりどりの花が、まるで打ち上げ花火のように咲きひらいています。細い光の線がいくつも放射状に伸び、画面いっぱいに無数の星がきらめいている。わたしが指先で一筆ずつ重ねてきた、夜空への憧れが、そのまま一枚になったような絵です。

この絵には、次のような詩を添えています。

 

願いはかなえるものではなくて

輝きをみつめるためにある

だとしたら

ぼくの目のまえには

輝く無数の星でいっぱいだ

 

願いというのは、叶える「ため」のものではなく、その輝きをみつめる「ため」にあるのかもしれない。そう思えたとき、わたしの目の前は、数えきれないほどの星でいっぱいになりました。

叶うか叶わないかではなく、願いを抱いて、その光をみつめていられること。それ自体が、もうまぶしいほどの幸せなのだと、この絵と詩で伝えたかったのです。

 

山下重人『輝く星』。真っ黒な夜空に、打ち上げ花火のように色鮮やかに咲き誇る、赤・青・黄・緑と色とりどりの無数の花々と光のきらめき

 

 

山下重人の詩『輝く星』のテキスト画像。内容は以下の通り。  輝く星  願いが一番輝いているときは いつも願いがかなう前だった だからきえないように 夜空の星をみつめる  あのちいさな輝きも いつかはきえる でもぼくの願いがきえるより ずーっとあと みているあいだはきっときえない だからあの星をずっとみつめていたい  願いはかなえるものではなくて 輝きをみつめるためにある  だとしたら ぼくの目のまえには 輝く無数の星でいっぱいだ  ちいさな星に照らされた 僕のこころはいつもまぶしい

 


Q5 プロジェクトへの参加と「夢」の実現についてはいかがですか。参加を通じた変化や夢を叶えた現在の心境をお聞かせください。

2015年に障がい者アート協会さんの登録作家になってから、わたしの絵は、少しずつ社会のなかへ出ていくようになりました。

そのひとつが、TOPPANさんと障がい者アート協会さんが一緒に取り組んでおられる「可能性アートプロジェクト」です。2022年には、東京・小石川のTOPPANさんのビルで作品を展示していただき、同じ年に、わたしの絵がワインボトルのデザインに採用されました。

ほかにも企業の商品や、2001年からずっと作り続けている卓上カレンダー、そしてデジタルの技術を通して、ギャラリーまで足を運べない方や、遠くにいる方の手元にも、わたしの絵が届くようになっていきました。

この変化は、わたしにとって、とても大きな意味を持っています。

若い頃のわたしは、個展を開くにも、施設や支援者の方々の力をお借りするしかありませんでした。あるとき気づいたのは、「絵が描ける」ということと、「働く・社会とつながる」ということは、別の力なのだ、ということでした。

可能性アートプロジェクトのような仕組みは、その二つのあいだに橋をかけてくれました。作品が採用されると、アート使用料という形で、きちんと対価が還元される。「描くこと」が、社会のなかで役割を持てるようになったのです。

もうひとつ、夢のことがあります。

わたしには長いあいだ、「詩集を通して、自分の絵を多くの人に見てもらいたい」という夢がありました。その夢が、この秋、一冊の詩集として形になろうとしています。長く心に描いてきた夢が、いま、目の前で現実になろうとしているのです。

じつは、わたしがこれまで実現してきた多くの夢は、何度も声に出して語ってきたことで、少しずつ形になってきたものでした。

 

「夢は、口に出すといつか叶う」

 

そのことを教えてくれたのは、徳島病院で親しくしていた、ひとりの大学生の友人でした。願いを心の奥にしまい込むのではなく、言葉にして外へ出していくこと。その大切さを、彼女はわたしに教えてくれました。

声にした夢は、いつしか妻や仲間、支援者の方々の耳に届き、こうして一つひとつ、かたちになってきました。

これは、文化祭や病院のなかでしか作品を見せられなかった、あの徳島の仲間たちの夢でもあったのだと、わたしは思っています。

そして2026年夏から秋にかけて、わたしの絵の原点である徳島で、初めての大規模な個展を開かせていただくことになりました。11歳から21歳までを過ごした土地に、いまの自分の絵を持って帰れることは、わたしにとって大きな節目であり、支えてくださった方々への感謝をかたちにする機会でもあります。

いまわたしは、目の前にあるこの夢の実現に、もてる力のすべてを注いでいます。

そして、いまのこの状況を、わたしはありがたく受け止めています。妻の介護がなければ、在宅支援のヘルパーさんや国の制度、友人たちの手助けがなければ、わたしは創作も仕事も続けられませんでした。

ですから、わたしの作品は、わたし一人のものではありません。支えてくださるみなさんとの「共同制作」なのだと、そう思えるようになりました。

これもまた、病とともにある人生のなかで得た、回復のかたちの一つなのだと感じています。


Q6 今後の展望と読者へのメッセージ

これからも、体の動く限り、描き続けていきたいと思っています。

この秋の詩集を、たしかに世に送り出すこと。そして、つらい思いをしている方や、病と向き合っている方の心に、明かりを灯せるような絵を届け続けること。それが、いまのわたしの願いです。

最後に、この記事を読んでくださっているあなたへ。

もしあなたのなかに、表現したい何かがあるのなら、どうか、それを沈黙させないでください。そして、もし叶えたい夢があるのなら、どうか、声に出してみてください。

完璧でなくていいのです。誰かに認められなくてもいい。うまく描けなくてもいい。壁があってもいい。

わたしは長いあいだ、壁を「乗り越えなければならないもの」だと思っていました。でもいまは、こう思っています。壁があるということは、そこに、描くべき大切な何かがある、ということなのだ、と。

三本の指でも、世界はつくれます。

病と闘うだけが、道ではないのだと思います。うまく付き合っていけば、それはあなたにしか描けない風景を、きっと授けてくれます。

わたしはこれからも、その風景を描き続けます。

黒い帽子と眼鏡を着用し、リクライニングの車いすで屋外で過ごす山下重人

文:佳山明(車いすユーザー)  関連記事はこちら