舞台を中心に活躍する俳優・内田靖子さん。彼女の活動は劇場の枠を超え、企業研修での演劇メソッドの導入や、少年院での演劇ワークショップなど、社会と密接に関わる対話の場へと広がっています。芸術家の一家に育ちながらも体育会系として過ごした幼少期、イギリス人演出家との出会いがもたらした価値観の転換、そして少年院の少年たちとの心の交流まで、演劇が持つ「目に見えない関係性を立ち上げる力」についてじっくりとお話を伺いました。

目次
- アートに囲まれた原点と、演劇の世界への第一歩
- 英国での転機とコロナ禍――「社会と密接な演劇」への目覚め
- 少年院ワークショップ――閉ざされた心と感情が動く瞬間
- 演劇が持つ「出会い」の可能性
- インタビューを終え
- 今後の出演作について
アートに囲まれた原点と、演劇の世界への第一歩
Q1.曾祖父が彫刻家、祖父も画家という家庭環境で育たれたそうですね。ご自身の表現活動にどのような影響を与えていますか?
内田靖子さん(以下、内田):
幼い頃の私はアートを自分で表現するわけではなく、サッカーやバスケットボールに熱中する体育会系の子どもでした。ただ振り返ると、家の中で誰かが絵を描いていたり、彫刻があったり、常に音楽が流れている環境が当たり前にありました。
ジャンルは違いますが、今でも美術館に行くのが好きですし、役作りをするときに絵画からインスピレーションを受けたり、その役のテーマ曲を決めて音楽を聴き込んだりしています。身近にアートがあった経験は、今の私の表現の土台として深く息づいていると感じますね。
![]() | ![]() |
Q2.そこから演劇の道へ進まれたきっかけは何だったのでしょうか。
内田:
高校時代に進路を考えたとき、漠然とした憧れから「本当にやりたいことをやろう」と決意し、学校から一番近いミュージカルスクールに飛び込みました。当時はピアノも幼稚園のときに少し触れた程度で、初見で歌う試験の訓練など必死で食らいつく毎日でした。20代前半までは主にミュージカルに出演し、その後、セリフ劇であるストレートプレイの世界へと活動の中心が移っていきました。
英国での転機とコロナ禍――「社会と密接な演劇」への目覚め

吉祥寺ファミリーシアター 「らくよう、くよう、おにんぎょう」でフランス人形のジャクリーヌ役を演じました
Q3.キャリアを重ねる中で、社会貢献や演劇の社会的意義へと意識が向いた大きな契機はどこにあったのですか?
内田:
2019年にイギリス人の演出家サイモン・ゴドウィン氏とご一緒したことです。彼は白人男性という自身のマジョリティ性や特権性を自覚した上で、「自分はマイノリティに寄り添いたい」と舞台上でのジェンダー平等などを実践していました。シェイクスピアの『ハムレット』でも、「現代社会ならハムレットに女の子の友達がいてもいい」と、本来男性が演じる役を女性の私にキャスティングしてくれたのです。「自分たちから変化を望んでいいんだ」と目から鱗が落ちる思いでした。
その後、イギリスに行き、様々な舞台芸術作品でハンディキャップを持つ俳優が活躍している様、フリーランスの俳優にも産休・育休の制度があること、特別支援学校で演劇の創作が行われることなど、演劇が社会と密接に関わって評価されている実態を目の当たりにしました。
![]() | ![]() |
弊社にて行われたアクセシビリティワークショップの様子を観ていただきました
Q4.その直後にコロナ禍が世界を襲いましたね。
内田:
はい。「不要不急」として演劇が次々と中止になり、「演劇は社会に必要ないのだろうか」と自問自答しました。しかし、イギリスで見た「社会的な意義を見出されている演劇のあり方」が頭を離れず、私たちも日本でそれを実現していいはずだ、演劇を通じて社会貢献ができるはずだという方向に、一気に視野が開かれていきました。
現在は、「フォーラムシアター」という手法を用いたハラスメント対策などの企業研修にも参加しています。会社員経験のない私が企業で教えるのは恐れ多さもありますが、正解のない社会問題について「シーンを演じて、みんなでリハーサルのように考え直す」という演劇的アプローチに、大きな手応えを感じています。

演劇を用いた企業研修の様子(写真提供:Stage Connect)
![]() | ![]() |
演劇を用いた企業研修の様子(写真提供:ACT2)
少年院ワークショップ――閉ざされた心と感情が動く瞬間
Q5.現在、八街市の少年院で更生プログラムの一環として演劇ワークショップを続けられていると伺いました。始める前は不安も大きかったのではないでしょうか。
内田:
最初は本当に不安でした。どんな環境で育ち、どんな罪を犯したかも分からない少年たちを前に、自分に何ができるのかと無力さを感じていました。更生プログラムに対する世間の賛否の声も頭をよぎりました。
しかし、いざ中に入ってみると、彼らはごく普通の少年たちでした。一方で、少年院に来るまで魚や野菜を食べたことがなかったり、「肩車」という言葉を知らなかったり、目が悪いことに気づかず授業についていけなかったりという彼らの背景を知るたび、社会の歪みに大きなショックを受けます。
Q6.ワークショップでは具体的にどのようなことをされているのですか?
内田:
大きな声を出したり滑舌を良くしたりする技術的なことではなく、「自分を感じる」「他者と関わる」「協働する」「表現・創造する」という4つの目的を掲げたコミュニケーションの初歩を行っています。最近では、地元の民話をベースにみんなで演劇のシーンを作る試みもしています。開始して1年ほど経ちますが、今では彼らから自発的にたくさんの意見が出るようになりました。

八街少年院にて更生プログラムを行っているメンバー
Q7.少年たちの変化の瞬間に立ち会ったとき、内田さんの胸にはどんな感情が湧き上がりますか?
内田:
言葉を選ばずに言えば、本当にグッときますし、単純に嬉しいです。
あるとき、新しく入ってきた少年がフィードバックシートにこんな感想を書いてくれました。「自分はこれまで、嬉しいとか楽しいという感情を感じてはいけないと思って生きてきた。だから人の顔色ばかり観察して反応を作っていたけれど、ワークショップで先生方や周りの少年たちが笑顔で楽しそうにしているのを見て、自分もパワーをもらった。あ、こうやって笑っていいんだと思えた」と。自分のコンフォートゾーンを破って挑戦する姿や、心を開いてくれた姿を見たときは、やっていて本当に良かったと心から思います。
![]() | ![]() |
演劇が持つ「出会い」の可能性
Q8.最後に、内田さんが今感じている演劇の可能性について教えてください。
内田:
演劇の強みとして、人間関係やコミュニケーションといった「目に見えないもの」を目の前の舞台空間に立ち上げられる力があると思っています。
最近では、スペイン語話者、中国語話者、そして中途失聴のろう者の俳優たちと共に、言語や障がいの壁を越えて「どうコミュニケーションがすれ違い、どう繋がるか」を模索する多言語・アクセシビリティ演劇のクリエイションにも携わりました。そこには、正解のない問いを前に、互いを想像し合う豊かな深みがありました。
「自分以外の異なる世界を持つ誰か」と出会い、共に想像し、考えるためのツールとして、演劇はこれからも社会の中で大きな役割を果たしていけると信じています。

多言語パフォーマンス・ディスコミュニケーション・コメディ・手話・音楽劇「How to Make a Love Song」by Onpumaでドラマターグを務めた
*ドラマターグとは、舞台芸術において、作品の構造分析や歴史・文献のリサーチ、演出家や劇作家の「知的な伴走者」としての役割を担う専門職です。
How to Make a Love Song鑑賞
インタビューを終え
舞台の上で力強い光を放つ俳優としての姿と、社会の境界線に立ち、他者と誠実に向き合い続ける表現者としての姿。内田靖子さんのお話からは、演劇が持つ「人と人をつなぐ温かい力」がまっすぐに伝わってきました。
インタビューの後、彼女のSNSで非常に印象的な言葉を見つけました。
「誰に対しても、もっともっと優しい人になりたい」
少年院の少年たちや、言葉・障がいの壁を越えて向き合う仲間たち。彼らが抱える背景にどこまでも寄り添い、共に感情を動かしてきた内田さんだからこそ、この言葉は単なるきれいごとではなく、彼女の生き方そのものなのだと深く腑に落ちました。
内田さんの言う「優しさ」とは、単に同情することではなく、目の前の「見えない壁」に自ら歩み寄り、相手の痛みを想像し続ける“強さ”のこと。彼女の紡ぐ表現と温かい眼差しは、これからも多くの人の心を耕し、世界を少しずつ優しい場所へと変えていくはずです。
内田さんインタビューにご協力いただきありがとうございました。

文:小川陽一・佳山明 写真:小川陽一
今後の出演作について
あやめ十八番 『三英花 煙夕空』2026年10月14日(水)〜18日(日)
T Factory『AOI』『六号室』~「葵上」より~ 2027年1月8日(金)~17日(日)
その他関連リンク
内田靖子所属事務所「PLANNING CREA」HP
舞台「黒百合」
「らくよう、くよう、おにんぎょう」アウトリーチ公演
吉祥寺ファミリーシアター
「らくよう、くよう、おにんぎょう」鑑賞








