建築業界において、バリアフリーやユニバーサルデザインの重要性が叫ばれて久しくなりました。しかし、現場における技術基準や「ものさし」の欠如、専門人材の不足など、解決すべき課題は依然として多く残されています。
今回は、名古屋に本社を置く阿部建設株式会社、代表取締役社長 阿部 一雄氏にインタビューを実施。ご自身の事故体験をきっかけに始まったバリアフリーへの情熱や、建築士会との連携、資格制度・協会の設立、さらには宿泊施設や大型プロジェクトへ広がる未来の展望について、じっくりとお話を伺いました。モデルハウスを紹介しながらお送りいたします。

屋上緑化が施された平屋の建物と前庭の駐車スペース

本社/黒川ヒュッテ
築50年の平屋を再生した本社兼ショールーム。屋上緑化や自然素材を取り入れた、心地よい木の空間です。

温かみのある間接照明と木目調の収納が配置されたアイランドキッチン

大きな石を切り出したような印象的なアイランド型キッチン

屋外から屋根付きの通路を通ってスムーズに移動できる木枠の引き戸入口

アプローチからショールームへ段差なく入場可能

1.阿部建設株式会社とは

名古屋市守山区に本社を置き、1905年(明治38年)の創業以来100年以上の歴史を誇り、地域の気候風土に適した木の住まいづくりや環境共生型の注文住宅・リフォームを主軸に手掛ける老舗工務店です。地産の木材を活用した高気密・高断熱性能の設計に加え、ユニバーサルデザインを考慮した住環境づくりに強みを持っています。

2.代表取締役社長 阿部 一雄氏プロフィール

阿部一雄(あべ かずお)氏は1964年名古屋市生まれ。中部大学工学部卒業後、愛知トヨタ自動車を経て1989年に阿部建設株式会社へ入社。2002年のオートバイ事故で車いす生活となるも、当事者目線を活かしたバリアフリー建築を展開し、2005年に5代目代表取締役社長へ就任しました。一級建築士としてシニア・UD住宅や施設を手掛けつつ、関連団体の代表を務めるなど幅広く活動しています。ドラマ『パーフェクトワールド』(フジテレビ)の松坂桃李氏が主演を務めた(鮎川樹)役のモデルとしても知られています。

3. 自身の経験から始まった「バリアフリー」への挑戦

身振りを交えて質問に答える阿部一雄氏

阿部建設株式会社 代表取締役社長 阿部 一雄氏

松尾: 本日はお時間をいただきありがとうございます。阿部建設株式会社として、また個人としてNPO法人日本バリアフリーコーディネーター協会の設立など、福祉・バリアフリー分野に深く関わられるようになったきっかけをお聞かせいただけますか?  
代表取締役社長 阿部 一雄氏(以下阿部社長): 私が37歳のとき(2002年)、オートバイで単独事故を起こし、背骨を骨折(脊髄損傷)したことが大きな転機でした。当時はまだ専務として一生懸命働いていた時期です。その後、43歳で創業100周年の節目に社長を継ぎました。  経営を続ける中で、住宅業界の構造変化や人材育成の難しさに直面しました。50歳を過ぎた頃、「経営基盤を確立した上で、自分自身の生きがい・ライフワークとして社会に貢献できる仕組みを作りたい」と強く考えるようになったのです。

手前に駐車場を備えた木造平屋のモデルハウス「kitchen SALON」の外観

木の家を体感する新しいカタチ『kitchen SALON』

車椅子に乗った男性が、窓が大きく明るいリビングで室内を案内している様子

窓が大きく明るいリビングを実現

4. 建築業界に欠けていた「バリアフリーの物差し」

黒を基調としたシックな外観と緑豊かな植栽に囲まれたリノベーション建物

築50年ほどの倉庫を大胆にリノベーションした『renoBASE』

松尾: 単にバリアフリー住宅をつくるだけでなく、「仕組みづくり」に着目されたのはなぜでしょうか?  
阿部社長: 従来のバリアフリー建築は、建築主や個人の意識に依存しがちで、一人の建築士が努力するだけでは限界がありました。さらに調べていくと、全国にバリアフリーを得意とする建築士は存在するものの、組織化されておらず、「技能や成果物を測る共通のものさし」が存在しないことが分かりました。
例えば、同じ300万円の予算をかけて改修しても、担当する建築士によって出来上がるバリアフリーの質やレベルがバラバラになってしまう。これは利用者や発注者にとって非常に残念な状況です。「バリアフリーに関する知見や知識を一定以上持つ建築士が必要だ」と痛感しました。

ダクトむき出しの開放的な天井と木製デスクが配置されたオフィス空間

2階フリーオフィス

ウッドデッキにソファーや鳥かご型のハンギングチェアが置かれたテラススペース

2階オフィスの隣にインナーバルコニー

5. 組織化への壁と「バリアフリーコーディネーター協会」の設立

車いすに乗る阿部社長と、室内に設置された鉄骨のH形鋼の柱

1階むき出しのH形鋼の柱

木製チェアの足元に広がる、赤茶色のパターン柄タイル床

1階中央にあるラウンジの床が何ともおしゃれなタイル

松尾: 業界内でのものさしづくりや組織化は、スムーズに進んだのでしょうか?
阿部社長: いえ、最初は大きな壁がありました。既存の建築士会などにも働きかけましたが、「法律の基準を満たしていれば十分」「余分なコストや手数はかけられない」といった保守的な意見も多く、一筋縄ではいきませんでした。しかし、実際の街やお店を見渡せば、わずかな段差や階段のために車いすやベビーカーが入りづらい場所がまだまだ溢れています。
そこで約3〜4年前、石川県で20年ほど前から運用されていた「バリアフリーアドバイザー制度」のノウハウやテキストを譲り受け(暖簾分けしていただき)、NPO法人日本バリアフリーコーディネーター協会を設立しました。
建築士を受験対象とし、住宅改修だけでなく公共施設・外断熱・耐震なども網羅した高度な資格・講習制度としてスタートさせたのです。

黒い外壁と開放的なベランダが特徴的なモデルハウスの外観

『手しごとの家』

石垣と庭の木々に囲まれた『手しごとの家』の正面外観

『手しごとの家』、正面側

壁面収納の前で設備を指さしながら解説する車いす姿の阿部社長

太陽熱を利用した暖房システムや耐震ダンパー

車いすに乗ったまま乗降できる家庭用小型エレベーター

ホームエレベーター

大きな窓から出られる日当たりの良いバルコニーで過ごす様子

くらし方を自由にイメージする

木目調の床と高い天井が広がる、開放感のあるリビングダイニング

フロア全体にまたぐほどの大きなリビング

6. 「三方よし」のサイクルで回る循環型モデル

赤いマットレスの上に吊り下げ用ハンモックシートが設置されたウェルケアベッド

ベッドそのものがお風呂になる
『ウェルケアベッド』

マットレス部分を外し、内部の浴槽構造やフレームが見える状態のウェルケアベッド

ベッドそのものがお風呂になる
『ウェルケアベッド』入浴状態

松尾: 資格を作った後の「実践の場」づくりについてはどのように工夫されていますか?
阿部社長: 実は、資格を取得しても「仕事や実践の現場がない」というジレンマがありました。障害者手帳を持つ方は人口の数%であり、若手建築士がバリアフリー改修を経験する機会は限られています。
そこで現在力を入れているのが、宿泊施設(ホテル・旅館)のバリアフリー調査・情報発信です。
建築士: 実際の現場に出向くことで、現場の生の声に触れ、調査や、アドバイス、提案を行うことで知見と実績を積むことが可能。  
宿泊施設: 施設の現状を示すことで、事前に環境を把握できることでより多くの高齢者、障がい者のファミリーなどの新規の潜在顧客の獲得につながる。  
利用者: 信頼できる3D画像などのバリアフリー情報で、事前に施設の状況を確認し宿を選択できることで、安心して旅を楽しめる。
この「建築士・施設・利用者」の3者が全員ハッピーになる「三方よし」の循環サイクルを作ることが、持続可能なバリアフリー社会には不可欠だと考えています。

棚に整然と並べられた複数のアクリル製賞状盾

数々の受賞盾

大量の木材や加工機械が並ぶ製材所の作業場内部

モデルハウスと隣接する製材所

7. 潮目の変化と今後の展望

ホテルの客室内に三脚付きスキャナー機器を設置し、スタッフが操作・確認している様子

浅草橋ベルモントホテルでの3D空間スキャンの様子

客室内のデスクや家具の高さ・隙間にかがみ込んで寸法を確認する様子

必要部分を計測

松尾: 政策や行政の動き、周りの反響にも変化が出てきているようですね。  
阿部社長: はい、少しずつですが確実に潮目が変わってきています。
【阿部社長の活動・IKKELへの反響】
自治体(愛知県や京都市など)や観光庁からの関心が高まっており、バリアフリーに関する表彰・エントリーのほか、観光地における宿泊施設等での一括導入(バリアフリーツーリズム)に向けた取り組みも具体的に進み始めています。
【国の当事者参画の動きと、バリアフリーの知見を持つ建築士の役割】
また、国土交通省の法改正等に伴い、築地再開発をはじめとする大型プロジェクトや各種公共施設において、構想段階から当事者やコーディネーターが参画することが求められる時代になりつつあります。こうした中、専門的な知見を持って全体を調整できるバリアフリー建築士の役割は、今後ますます重要になっていくと感じています。
【高齢化など社会情勢を背景とした市場の広がり】
さらに、超高齢社会を迎える日本においては、将来的に支援を必要とする方が人口の3〜4割に達するとも言われています。障がい者や高齢者ご本人のみならず、そのご家族や孫を含めた「3世代での利用」まで視野に入れると、経済的・事業的にも非常に大きな市場へと広がっています。
【それを受けた阿部社長の今後への思い】
協会運営の資金面や手探りの部分はまだ多くありますが、自社の本業(住宅・施設建築)でしっかりと足元を固めつつ、志を同じくする仲間やネットワークと協力しながら、この取り組みを全国へ広げていきたいと思っています。

テーブルでスマートフォンを手に取り、和やかな表情を見せる阿部社長

インタビューを終え、笑顔の阿部社長

丸テーブル越しに向き合い、身振りを交えて対話する松尾インタビュアーと阿部社長

松尾インタビューアー(写真左側)

ドラマ「パーフェクトワールド」で松坂桃李氏演じる主人公が使用した屋内用車いすと、その解説ポップの正面・側面写真

ドラマ「パーフェクトワールド」で松坂桃李氏が使用した車いす

インタビューを終えて(取材後記)

自らの体験を原動力に、単なる概念論にとどまらず「共通のものさし」と「持続可能なビジネスモデル」を構築しようと奔走する阿部社長。車いすユーザーや高齢者だけでなく、誰もが快適に暮らし、旅を楽しめる社会の実現に向け、阿部建設株式会社とバリアフリーコーディネーター協会の挑戦はこれからも続いていきます。

写真:寺川健一 インタビュー:松尾深志 文:小川陽一

関連記事
浅草橋ベルモントホテル

阿部建設株式会社HP