2025年10月に開催された「全国アビリンピック」のホームページ部門で、金メダルを獲得するまでの軌跡を辿る連載。第2回は、平和なサウナ計画が崩れ去り、同僚への「復讐」を誓うまでの葛藤と、緻密な戦略についてお届けします。初めて読む方は、ぜひ最初からご覧ください。
目次
想定外の事実
「記念受験のついでに、平日の昼間からサウナ…。はい、最高です。よろしくお願いします。」……そんな私の甘い目論見は、JEEDからの出場通知を受け取ったあと、音を立てて崩れ去りました。
まず、開催日が土曜だったのです。しかも、どうやら臨時出勤扱いにもならず、代休も発生しないというではありませんか! 平日の夕方にサウナへ滑り込むという私の野望は露と消えました。さらに驚いたのは、イベントの規模です。アビリンピックは、私が思っていたのとは違う、言わば「障がい者のお祭り」とも言える規模のイベントだったのです。就労継続支援事業所のパン屋さんの出店などもあるとのこと。そして、ここに追い打ちをかけるように…。
オーさん:「当日は、上司や役員も応援に駆けつけるからね」
…聞いてない。そんな大層な話だなんて聞いていません。オーさんと二人、慎ましやかに温浴施設でリフレッシュしたかっただけの男にとって、偉い人に見守られる中での競技は、もはや罰ゲームに近いと言えましょう。なんてこった。というか、こういうことが起きるかもしれないという発想に1ミリも至らなかった自分も、甘すぎる…。
そんなこんなでガックリ来ている中、元凶であるオーさんは涼しい顔でこう言いました。
オーさん:「いやぁ楽しみですね。僕は、はなから銀メダル狙いですから。ジュンさんにはぜひ金を獲ってもらって、今後の人生のモチベーションにつなげてもらえれば幸いです。一緒に頑張りましょうね、ジュンさん!」
怒り→恨み→復讐
このオーさんの発言に、私の中で何かがプツンと切れました。
「銀メダル狙い」だと? それは、自分が金に届かなかった時のための予防線を張っているだけではないのか。っていうか、そもそもアビリンピックが休日開催だと分かっていたら、絶対に参加していなかった。オーさんは「アビリンピックが平日に行われるとは言っていない」と言うが、私は何度か「平日のサウナが楽しみだ」と言っていたはずで…。
私の大事な休日を差し出し、さらに偉い方々の休日まで奪い…。そこで無様な結果を出すわけにはいきません。この煮え繰り返るような「恨み」を晴らす方法はただ一つ。「結果でオーさんを黙らせること」です。
私の目標は、シンプルかつ冷酷に決まりました。
オーさんがメダル無しなら、私は銅を。オーさんが銅なら、私は銀を。オーさんが銀なら、私は金を。
要するに、「オーさんにだけは絶対に負けない」。順位なんてどうでもいい、彼より上になればそれでいい。これが私の、アビリンピックに対する「復讐」の原動力となりました。
オーさんを負かすための戦略
勝利のため、私は自分の本業である「ウェブアクセシビリティ」を武器に戦うことを決めました(ウェブアクセシビリティが何なのか分からない方は、過去の記事を遡ってみてください)。
アビリンピックのホームページ部門には「事前課題」というものがあります。要は「今年の競技テーマや、当日提供される未完成素材のイメージを事前に見せるので、本番に向けて準備してね」というものです。今年のテーマは「ユニバーサルデザイン(UD)」。そこで私はユニバーサルデザインの基本に立ち返り、徹底的に調べ上げました。そして事前課題に巧妙なトラップが仕込まれていることに気が付きました。そう、「嘘」が書かれていたのです。
私は事前課題の中に、ユニバーサルデザインを説明する際によく使われる「スポーツ観戦する3人」のイラストを見つけました。背の高さが違う3人に対し、同じ数だけ踏み台を渡すのが「平等」、必要な分だけ渡すのが「公平」というものです。同じような画像を作りましたので見てみてください。

事前課題の資料では、左から3番目の「公平」のイラストに「公正」と書かれていました。しかし、ユニバーサルデザインでいうところの「公正」とは、そもそもの障壁が存在しない状態(=バリアフリーな状態)を指します。上記のイラストでいえば、一番右の状態が「公正」です。『壁がなければ踏み台なんて要らない』。そういうことです。
このトラップに私は気付いたのです! ここで私は思いました。
「アビリンピックという障がい者の大会でここを見逃したら、勝ち目はないはず! よし、勝機が見えてきたぞ…!」
私は、執拗に「あーしたほうがいい」「このCSSプロパティは知っておいた方がいい」と絡んでくるオーさんが、このことに気付いていないことを心底願いました。
あと、競技当日に提出できる自己アピール文(「私はこの部分をこう工夫した」と審査員に直接伝えられる)で、マニアックな手法を考えました。ウェブサイトのアクセシビリティ対応と言って真っ先に出てくるのは、画像に付けるALTテキスト(目が見えない人でも画像の内容を知ることができる説明文)の付与ですが、このテキストをあえて簡素に留め、その代わりに「詳細な説明を画像の下に記述する」という方法を考えついたのです。これならスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)利用者だけでなく、晴眼者(視覚に障がいのない人)を含むすべての人に等しく情報が伝わります。こんな珍しい戦法を取る選手は私以外にいないはずだ、と確信しました。
毎日作る
基本戦略が決まってから、修羅の日々が始まりました。
競技時間は90分。頭が真っ白になり、手が止まればその時点で負け確定です。私はスマホのストップウォッチ機能を使い、毎日本番の予行練習をしました。不足しているであろうタグの記述、レスポンシブ対応(=パソコンで見てもスマホで見てもいい感じに見えるようにするテクニックのこと)、文字枠の角丸の半径、その文字枠が背景から浮いているように見せるための影の向きやぼかし具合など……。競技当日は記憶したものをただ打ち込むだけのマシンになるために、同じことをひたすら繰り返しました。それも、あの「メモ帳」アプリで、です。他の地域は分かりませんが、今年の東京大会はWindows標準搭載の「メモ帳」アプリでプログラミングしなければならないのです。
この令和の時代に「メモ帳」でウェブサイトを作っている人がいるとすれば、それは相当な手練か、よほどの変わり者か…。運営サイドから真のプログラミング能力を試されているのは明らかです。なるほど。そうですか。わかりました。受けて立とうではありませんか! このあたりから、完全に本気モードに突入しました。
どうしても指が覚えない複雑なコードは、あえてノートに手書きして頭に叩き込みます。

デジタルな競技でも、最後はアナログな根性がモノを言います。
「見てろよ、オーさん……。サウナの恨み、ここで晴らしてやる」
万全の準備を整え、私はついに決戦の日を迎えました。
次回予告
ついにやってきた大会当日。会場を包む独特の熱気。背後に感じる上司や同僚の視線。
果たして、練習の成果を本番で出し切れるか? そして宿敵(?)オーさんとの勝負の行方は!? 次回はアビリンピック東京大会当日の様子をお届けします! お楽しみに。
関連リンク
次回(第3回)の記事を読む
前回(第1回)の記事を読む
ユニバーサルデザインとは?意味や7原則、具体例一覧を写真付きで解説(外部リンク)
アビリンピック 公式サイト(外部リンク)
文/ジュン
<自己紹介>
ハンドルネーム:ジュン
年齢:51歳
障害名:30代後半より双極性障害
趣味:サウナ、ボードゲーム
特技:すべてに感謝する姿勢(ふとコンビニの便利さに気付き涙したことも)
座右の銘:ゲームとは人生である
